それは君のもの


「ええと、確かこの辺に…、――――ああ、あった」
 グレイシアは箱の中からそれを出して、まず息をついた。
「……」
 腕にはワンピースが何着か。それと、箱の中にはまだ服らしいものが入っている。…が、それに触れようとして、やめて苦笑した。
「――――さて、エドに渡してきますか」

 ぱたん。その部屋の扉を閉めた。
 箱の中身はそのままに。





「………」
「どうしたの、サエ」
「んー……」
「気に入らない?…って言っても私のしかないんだから。いつまでも同じ格好でいるわけにもいかないでしょ。ちょっと古いけどまだ着られるから」
 サエナが来て最初の頃は、グレイシアが持っていた服を着せていた。毎日使うものだから「後で買えばいい」というわけにもいかず、とりあえずある物を着なければならない。
「いや、あのね。気に入らないとかそういうんじゃなくて〜…」
 サエナの視線は服からグレイシアに。
「は、…入るかなぁ…って……シア姉の服…」
「…は?」

「「……」」
 一瞬見合わせて。
「ぶっ…!何言ってるのよ、入るでしょ、とりあえず着てみなさいよ」
「だって!入らなかったら結構恥ずかしいよ!?」
「あっはは」
 けらけら笑いながら、部屋に押し込んだ。





「……っ!?」
「アルフォンス?」
 あまりにも驚いた顔をするから、ノーアは眉をひそめて聞いた。
「いや、…ごめん。…―――なんでも、ないよ」
 朝食の皿をテーブルに置きながらアルフォンスはその彼女の背を眺める。…似たような身長。後ろから見て明らかに違うのは真っ直ぐな黒い長い髪、ということ。
「…――借りたんだ?…服」
「え、ええ。グレイシアさんのだって。エドワードが借りて来てくれたの」
「そう…。確かに、あのままじゃこれからは寒いし……」
 民族衣装の格好のままでは目立ってしまう、という言葉をアルフォンスは飲み込んだ。この町にはそういうことに敏感になっている人ばかりだ。
 そして、ここに、この国に生きているアルフォンスにもそういう気持ちがないわけではない。エドワードは「自分はよそ者だ」と思っているから、アルフォンスほどではないようだが。
 …実際会って『その人たち』と話したことなどないのに、大きくまとめて括って差別するのはいけない。…分かっている。でも、それだけでは話が通らない。

 ――――それが、人間。



「アル、おはよう」
「グレイシアさん、おはようございます」
「早いのね」
「そんなことないですよ」
「あの子、…ああ、ノーアちゃん、って言ったわよね。…大丈夫そう?」
「ええ」
「そう、よかった」

「…――――ごめんね」
 グレイシアはそこで花の桶を地面に置いて息をついた。
「っ?」
「あれ、私の服だけど…。最初の時サエが着たこともあったから。…もし覚えていたら、アル…嫌な思いしたかなって」
「!…いえ、大丈夫、ですよ」
「それならいいけど。……ねえ、また三人ね。いろいろ複雑なのかもしれないけど、一番いい方向にいくように頑張って。アルもエドもノーアちゃんも」
「…はい。大丈夫です」
「………うん」

 ――――この子は、ちゃんと笑わないなと思う。特に最近。……いや、笑えない、の間違いか。
 この年齢で何か大変なことを背負っている様な顔して。…それを表に出さないように頑張っている。それが逆に痛々しい。

 一番最初、…ルーマニアから帰国して「アパートを探している」と尋ねてきた時、年齢にしては落ち着いていて驚いたことを覚えている。そして、そんな子を一人で住まわすのにも不安があった。
 …それでも、ちょっと前、三人で暮らしていた時は楽しそうだった。よく笑っていた。

 サエナが亡くなったことの以外にも彼を大人にしている理由が何かあるのだろう、とは思う。でも、亡くしてしまったから、もっと重くなってしまったのだろうか…?


「アル」
 いつもの研究室への道に向かう背に呼びかける。
 振り向いた顔は、確かにいつもの顔なのに、何処か寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「はい?」
「…いってらっしゃい」
「ええ、行って来ます」
「アル、…今日はお夕飯持って行ってあげるから、みんなで食べなさい。ね、エドと三人で。だからちゃんと時間には帰ってくるのよ」
「…ありがとうございます。グレイシアさん」


 グレイシアはまたあの箱を開けた。
 箱の中の残りは、グレイシアの服ではなくてサエナのもの。
「…着られる子がいたら、着せてもいいんだろうけど…」





「ほら、着られるじゃない」

「よかったぁ…」
「!…。ん、ちょっとキツめ?…あらぁ?ボタン留まらないかしら?」
 後ろのボタンを留めながら、わざと留まらないような仕草をする。
「っ!…そんなことないよ!!ぴったり!ね!?ほら、留まるじゃない!!問題なし!」
 焦った顔を見せながらくるりと回って手を挙げたり下げたりするサエナ。
「っ、く…あはは」
「んもう、シア姉ッ!!」





「…私は、アルとサエの方が大事だから…。あの子が…年齢にふさわしくない顔するんだったら」
 箱の蓋を静かに閉じる。
「…もう少しだけ待って、私も…まだ――――…戻ってきそうな気がするのよ。…また、三人でご飯食べさせてあげたいの…」





「もう、…リザったらサエに何教えてたのかしら」
「トマトソース…かな」
「だけぇ?」
「…――――si」
「そんなわけないでしょ、リザ、こっちの人間なんだから。…まぁ、彼女も仕事ばかりだったから、仕方ないのかな」
 呆れて、でも笑いながら鍋を取り出す。
「でも、ここにいる間は私がみっちり教えるから。アルに何か食べさせてやりなさいよ」
「!??」
 かあっと顔を赤くして、何語だか分からない言葉で抗議してわたわたと手を振るサエナにお玉を握らせる。

「……お菓子、覚えるんでしょう?」





後味悪いな。
ノーアの服ってグレイシアさんのなんだよね。から始まった小説ー。
きっとサエナだって来たばかりの時はお古を貰っていた筈。着られたかな?(笑)

結賀んちはイトコらが仲がいいので、イトコって仲がいいというのがデフォです。


さて、…「どういう差別」だったか分からないけど。
作中、グレイシアさんや、ハイデリヒだけ差別していなかった、というのはありえないのではないかと。
会ったことなどない、なのに、大人や周りから聞いていた情報をそのまま飲んでしまう、
それってありえることだと思う。

かわいそうだからで受け容れられる程、出来てないと思う。特に生活がかかっていると。
それができた劇場のエドは、過去を見透かされて、よそ者で、と、同じような気がして同情したから?
その後味の悪さもハガレン(!?)。いつかは救われるんだろうが、後味悪いことあるよね。この作品。

アニメのエド、イシュヴァールの子供に「少し怖い」って言ってましたよね(確か)。
スカーのこともあるからだろうけど、
それより、「怖い」という、周りがみんなで植えつけた先入観がそうしてたんじゃなかった?
(ロゼってどうなんでしたっけ、イシュヴァール系とか?)

きっと一緒に長く暮らせば仲良くなったり、その人個人が見えてくるのだろうけど、最初って難しいんじゃないかな?
それがどうでもよくなっていたハイデリヒって、ロケットや、自分が生きるだけで精一杯だったのか…?
そりゃグレイシアさんも心配するわなぁ。


…というか、素直にサエナが着ていた服を他の人が着ていたらビビると思うサ。
グレイシアさんはハイデリヒを結構長い時間見ていたから心配なんだと思うなぁ。
年齢にふさわしくない顔しているから。

服って、着る人がいないのになんとなく捨てられない。多分、そう。
それでも少しずつ処分していくんだけど。

以心伝心。
…昔の服、それを見て思い出した人が同じだった(毎度ながらこじつけ)。

2006.11.27

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