大きな町の川


 どうして、この人はこうなんだろう…。

「はぁ…」
 アルフォンスは小さくため息をついた。
 台所からコーヒーカップを持ってきてテーブルに置く、『そちら』に目をやっているわけではないので、事の詳細は分からないのだが…。妙に盛り上がっているようだった。
「(…どんな生活してたんだろ)――――ねえ、サエ…」

「…ナ」
 アルフォンスの言葉が思わず止まったのは、『そちら』に顔を向けたから。なんだか『これからアウトドアに出発!』のような空気だ。
「ねえ!アル、今エドと話してたんだけど」
「アルフォンス!これからさ〜」
 出かける気満々の二人、その手には…。
「……エドワードさん、それ、無理だと思います、よ。さっきから聞いてたんですけど…ホントにやるんですか」
「お前、諦め早いのもどうかと思うぜ」
「諦めとかそういう問題じゃなくて…」
「ほらほら、早くしないと遅くなっちゃうよ!」
「ああ!」
「うん。……ホントにどんな生活してたんだろ…」
 無人島で一ヶ月暮らした。食べられそうなものは何でも食べた。…なんて、彼は知る由もないが。


 ――――そんなエドワードの手には、釣竿。


 ミュンヘンには町を大きく横切る川がある。
「大きい町ってさ、必ず川があるよね」
「ああ――――…そうだね」
「ローマ、フィレンツェ、パリ、ロンドン、ケルン…とか?」
 指折り数える、5つまで言い終わると、言い終わるのが惜しいように「とか」をつけた。
「なんだ、5つだけじゃねえか、ここ入れて6つか?」
「それしか知らないんだもん、しょうがないでしょ」
「あはは…」
 その川は町の中心部に行くのに必ず通る川。岸が広く、短い草が茂っているので、子供たちがよく遊んでいる姿を見る。…実際、「それ」だけで特に気にしたこともなかった。
 体が弱いから水の中に入って遊べなかったし、場所によっては流れも早い。他にも遊べるような川があることはあるのだが…。あまり興味がないので行ったことがない。


「じゃあ、頑張れーエド!!」
「おう!ガキん頃鍛えたからな。魚の3匹や4匹、あっという間に釣ってやるぜ!!」
「(大丈夫かなぁ…)」
 今更だが、これが今回の騒ぎだ。
 『町に行く時に川がある、この川はきれいなのか?』…という話から始まり…。
 海がないから魚がまずいとか。
 市場ではあまり魚が売っていないとか。
 ここは内陸だから肉ばっかりだとか。
 アルフォンスと同じで内陸育ちのサエナは特に思わなかったようだが、旅をしていたエドワードは思い始めたら止まらなかったらしい。『じゃあ、そこの川、魚がいるか試してみようぜ』と、こうなったわけだ。

「…魚食べたい?」
 川べりに下る前に市場で買ってきたパンにソーセージをはさみながら、いまだ奮闘するエドワードを横目で見て言う。
「んー……曜日によって食べたりするくらいだもんね。週に一度とか…。貴重だもん。だから別に私はいいんだけど、エドが食べたいんでしょ」
「あれ、食べたそうじゃなかった?一緒になって喜んでたよね」
「あははー。だってなんか遠足みたいじゃない、こういうの。こんな近場だけど外でご飯っていいよね」
「確かに」
「でも釣れたらいいよね。ここで焼いて食べるのもいいかも〜」


「………」
「あ、お帰りエド」
 数分後、エドワードは思ったより早く戻ってきた。
「…ダメだ。……ちっくしょー!!この義手〜!!!役に立たねー!!濡れたらうまく動かねえじゃねえか!」
 機械鎧の時と違い、義手は水に強いとは言えなかった。流れがあると動きにくくなる。
「義手?…釣竿に義手が必要ですか?」
「何言ってるんだ、釣竿が役に立たなかったら己の手だろ」
「…はぁ、そんなもんですか」
「手掴み〜?」
「何だ、やったことないのか?」
「ないですね」
「ないよね」
「………」
 にやり、エドワードの顔に笑みが浮かんだ。
「………へ?」


「っ…あああ!!ムリです!ぼくはムリですってば!!」
「あはは、そう言わずにちょっとはやってみろよ!楽しいからさ!お前、男だろ、手掴みで魚くらい掴んでみろって!!」
「ほ、ほら!服が濡れたらグレイシアさんに迷惑かかりますって!!サエナだって――――」
 …はっ。
「これ気持ちいいねー」
 スカートの端を縛って膝まで水に浸かっている。
「ちょ、…サエナ、服濡れるよ!?」
「大丈夫だって、ちゃんと縛ってあるから」
「スキありっ!!」
 ばしゃんっ!
 水面を思い切り蹴り上げ、飛沫を飛ばす。
「……エ、ドワード…さぁん……」
「ちょっとこっちまで濡れたじゃないっ!」
「あっははは!だっせ!水浸し〜!!………って!!」
 義足だって、…水に弱かったことをすっかり忘れていたエドワード。足をすくわれて思い切り、ばしゃん、と後ろ向きに転んでしまう。
「あーあ」
「ッか〜…」
「エドワードさん…」


 それから思い切り笑う。

「でも、魚いねーな」
「だから……ここにはいないですよ。見れば分かることでしょう?」
「あまりキレイじゃないからとか?」

「………」
 アルフォンスの指がつうっと空を切る。
 それは橋の向こう。

「あ」
「?…水門?」
 水門というような物ではないのだが、フェンスのような物が枝の切れ端などをせき止めている。もちろん、それは一箇所だけではなく…。そこらじゅうにあるもので。

「…あんなのがあったら魚だって泳げないでしょう?」
「何で先に言わねえんだよ」
「反論できるような時間、なかったですよ?」

「………。ま、いいか、魚は海の方がうまいだろ」
「うん」
「…そうですね」



「…でもエドの所為で髪まで濡れた〜、もう、昨日洗ったばかりだったのに!」
「へいへい…。ぐちぐち言うなよ、特別メニュー作ってるだろ」
 三人の前には焚き火と、枝に刺さったソーセージ。
 冷えた身体を温めるために火を起こした時に思いついたことだった。直火焼きはもっとおいしいだろうと。
「あはは。冗談だよ。あ、これ焼けた?」
「こっちも大丈夫そうだね」
「じゃ、食うか!」


 せーの。

「「「いただきますっ!」」」





川。…あまりキレイではないですね。
ローマのテヴェレ川も、
フィレンツェのアルノ川も、
パリのセーヌ川も…とりあえず泳ぎたくはない川です。
テヴェレ川には怪しい生き物もいました。
でもミュンヘンは海がないので川でサーフィンするってな(この川じゃないだろうが)。
それと、実際のイザー川は場所によっては魚釣りも出来ます。

11月8日、ハイデリヒの追悼の日だったりするんですが、あえて楽しかった頃の話を。
もう届かない、なんでもなかった、でも楽しかった一日を。
ソーセージをそこらの枝に串刺し。


ちなみに結賀は真冬の氷張った川(浅い)で…薄い所に突っ込んで割った経験があります。冷たかったよ…。

「困るよ」は…サバイバルなエドワードに(笑)。
80年前は毎日髪を洗えなかった。…それなのに汚れたら「困るよ」と(笑)。

2006.11.08



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