金の十字架


「…アル…フォンス…」
 エドワードは床に片膝を付いて、それだけようやく、喉から搾り出した。
「兄さん…」
「……なんで、なんっで…お前が撃たれなきゃならないんだよ…。こんな、争いみたいなの…望んでなかったのに、こんなんで死ぬなんて…望んじゃいなかっただろ…?」
 ふわり、頬に手を当てて、それから髪を梳く。まだ、額が少しだけ温かい。
「帰ろうか。アルフォンス……。な?」
 まるで生きている人間に語りかけるようなエドワードの口調に、アルは何も言えなかった。
「……」
 倒れていたアルフォンスの手の、その近く。




「兄さん、グレイシアさんが…ちょっとは休みなさいって」

「ああ」
「……」
 生返事をしてそのまま動かないエドワード。あれからアルフォンスを連れ帰ってきた彼は椅子に掛けたまま、ぼーっとアルフォンスを眺めていた。
「…あいつが死んだ時も、こんな風にしてたんだな…アルフォンスは」
 時が経つごとにどんどんのしかかってくる現実。微かに温かかった額ももう、冷たくて。
「――――いつも、一緒にいたのに。何で今更…話したいことがどんどん…」
 飽きる程、話した筈だ。ロケットの研究のこと、日常のこと。三人で暮らしたこと。…いや、実際は飽きることなんてないのだが。それくらい一緒にいた。他人とこんなに長く一緒にいたのはきっと初めてだった。

「…オレさ。ギリギリまでアルフォンスの残りの時間が少ないって知らなかったんだ。…でも、こんな風にもっと短くならなくてもいいだろ…?まだ、あった筈なのに」
「ボク…の所為かな…ハイデリヒさんが…こう、なったの」
「違う!…そんなんじゃない。お前の所為なんかじゃないよ。アル。……オレがもう少し、どうにかしていれば…。こんな風には終わらせなかった。扉を開いたって、オレが…」
「兄さん…」


「エド」

 声と同時に扉が開く音。顔を上げないエドワードに構わず近寄り、その手に。
「?…なんだ」
「十字架?」
「…アルフォンスの記憶の人。エドの記憶の笑顔の人によく似ていて――――違う人ね…。大切な人」
「!」
「『あいつ』。ええ、きっとその人のなんでしょう?…ずっと握っていたのね。手の近くに落ちていたの…。アルフォンスの記憶の中にはその人とエドしかいなかったから」
「………そっか…。オレと、サエナだけか」
 ずきん、胸が痛む。
 エドワードの中である考えが廻る。「最後まで、あいつらのことを個人として見ていただろうか?」と。見ていたつもりでも、何処か、夢のように見ていたんじゃないかと。
「…これ持って、何を、祈ってたんだ…?」


『信じたい神サマがいなくてもいいじゃない?』


「はは、十字架なんて、そうだな、あいつらしいかもしれない…。――――なあ、祈って救われるなら、いくらでも祈ってやる。…でも、それで救われるのか…?お前たちはさ…」
 ぱたぱたと、開いた手のひらに雫が落ちた。その上の金色の十字架は光を受けて輝く。
「祈って、救われるなんて分からないよ…でも」
「救われたと思って、立ち上がらなきゃならない、か?…それが、残された者の…」


『母さんと暮らした家だ…もう、元に戻れないから、立ち上がるしかない』
『…うん』
『アル、お前の身体はオレが元に戻すから!…だから、母さんが……許してくれるまで、オレは立ち止まれないんだ…!』
『母さんは…怒ってるかな』
『わかんねえよ、でも、こんな身体じゃ会いにも行けない!』


「お前には、立派な足が付いているじゃないか――――。…でしょう?エド…」
「!……はは…。その通りだな……オレはまだ走れる」
「ちゃんと送ってあげようよ…?こんな風に嘆いている姿、きっと、見たくないと思ってるから…」
「わかってる…こうして泣いていたって、戻って来ないんだ。アルフォンスも、そうやって立ち上がったんだもんな」
 エドワードはその小さい十字架を組まれたアルフォンスの手の中に入れる。
「それ、お前のだろ?……持って行け」


「――――そうだ、…お前に出来たんだ…」
 微かに笑い、それから歯を食いしばりながら俯く。





「いつか、いつか…お前たちとまた会える時まで」

 よく晴れた冬の空。
 エドワードとアルの旅立ちの日。
「立ち上がって見せる。…お前に出来てオレに出来ないわけないよな?」
「……ねえ!兄さん。ボク、この二人と仲良くなれるかな!?」
「ああ、なれるさ。きっとお前のこと………」

『好きになってくれる』

「……好きになるだろ」
「?兄さん…?」
「はっ…それ、サエナにも聞かれたんだ。「ウィンリィや弟のアルと仲良くなれるかな」ってさ。…心配ないな、それなら」


「二人とも、もうすぐ行商が通るわ。それに乗せてもらえるように頼むから。…何処まで行くの?」
「さあな、とりあえず進むしかねえから。ノーアは?」
「…私は元に戻るわ。きっと、それが私の道…誇りだから」
「そっか…。じゃあ、また」
「ええ」





エドが再出発するまでの話ですかね?(聞くな)
きっと、直ぐには立てなかった筈だよね。エドはそういう場面はそこまで強くないかな…。
自分の中で考えて、でも考えてもどうにもならなくて。けど、突き進んでいく。

握っていた十字架は長編で出ていたサエナのです。

こういう話を書いていると、実体験みたいなのがシンクロするんですがね…。
だんだんのしかかってくる現実、なんで動かないんだろう。
そうなってから気が付く、もっと言うことはたくさんあったのにと。

感想下さったエド好きな方が「きっとエドはたくさん泣いた筈」と。…映画のエドの態度薄かったからな(爆)。
そんな感じ。

一度くらいノーアに占ってもらっていただろう?と思って、ノーアはサエナの存在は知っているようなことにしました。
んで、その時病気のことも知ったと。

2006.10.29



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