キミが振り返ることがないように


「ごめんね。アル…」
「?」
「私、アルを待ってる方になっちゃったね…」
「!…なんっ」
「…でも、どんなに遅くても、ちゃんと待ってるから…早くは、来ないで…」
「サエナ!!」
「ね、…また会う時は…アル、おじいちゃんだったりして…」
「……サエ…」

「…ああすればよかった、って。振り返るような、こと、ないようにね…」





 かーん…かーん……。
 葬儀の鐘の音が遠ざかっていく。何人かいた参列者は時間と共に消えていく。
「……」
「アルフォンス」
「……」
「そうしてても、サエナは喋っててはくれないんだぞ」
「…分かって、ます…」
 泣いているわけではないのだろう、肩は震えていない。静かに座り込んで彫られている名前を凝視している。
「…不思議な、ものですよね……。こないだまでは、触れることも出来たのに、もう、それもできなくて。これからぼくが目にする『サエナ』はこの石の名前しかないんだって…写真は、過去のもので、これからのものじゃない、し…」
 言葉にするとこみ上げてくるのだろう、言葉の最後の方は掠れ、それといっしょに小さく咳き込む。
「…ああ」


『アル、母さんを…元に戻そう…』


「(そうだな、それが信じられなくてオレらは禁忌を犯したんだ。…で、……ここにいる)」
「…もし、ぼくがエドワードさんだったら」
「?」
「ぼくも『人体錬成』…っていうの、やったと思いますか?」
 ふっと顔を上げ、エドワードを見つめる。
「どうだろうな、お前はオレじゃないし」
「そうですね。…ぼくも分かりません。……『そういうものがある』って言うウワサだけで。…『成功した』っていう確かなもの、証拠を見たことなんてない」
 苦笑しながら上げた顔を下げる。そうしてまた視線を彫られた名前に戻す。
「目に見える確かなものだけ、か?…科学者らしいな」
「……でも、でも…。縋りたくはなると思います…。可能性があるなら」

 ――――例え、『そういう術』で生き返ったサエナが「ぼくを先に亡くす」であろうことを分かっていても…?

「っ…――――どうかな…やっぱり、分からないかな…」
「でも、そんな術はない」
「…ええ」
「………帰るぞ、アルフォンス。グレイシアさんが…待ってる」
「こうしてても、サエナは喋らないけど。…もう少しだけいてもいいですか」
「…ああ」
 エドワードはくしゃ、と前髪を掴みながら答えた。…それは顔を隠す為の動作。
 あの時、夕暮れになっても、一番星が輝き始めても兄弟で座り込んでいたのを思い出す。だから、わかる。
 いくらここにいても何にもならないのはあの時だって分かっていたのに。


 りーん、ごーん…。
 夕暮れを伝える教会の鐘の音。遠い筈がここまで響いてくる。
 何故だかアルフォンスはそれに弾かれる様に顔を上げた。
「……!」

『あ、もう鐘が鳴ったね、そろそろエドも帰ってくるかな?』
『ほら、夕食の時間でしょ――――?』
 一時間ごとに鳴るその鐘でいつ夕食の時間と決め付けているのかよく分からなかった。

『あ、鐘…もう、帰ろうか?』
 その音が好きだったのか、よく教会の鐘の音に反応していた彼女。


「…こうなっても…かな……?」
「?」
「エドワードさん、…サエナ、帰ろうって言ってる」
「えっ?は?」
「…――――と思います」
 笑って。
「振り返るな、か。……そうだね。ごめん」

 人体錬成なんて出来ないもの、やればよかったとか、やりたいとか。
 あのときこうしていれば、撃たれなかったとか。

「…多分、怒っているんだと思います、今のぼくの姿に」
「………そっか。…はは、心配してやってるのに、な」
「そんな心配無用だって言いたいんでしょう?………。帰りましょうか、エドワードさん。グレイシアさんが待っていてくれるから」

「ああ…。……でも、たまには会いに来てやれよ」
「ええ、もちろん」


「ほっとくと、嫉妬しますからね。サエナ」
「…ああ」

「(そんなに、強くないけど……少しでも、頑張るから――――)」
 アルフォンスはようやく立ち上がり、ズボンに付いた土を手で叩く。そしてそれに語りかけるようにして一瞬、目を向け、それからゆっくり背を向けた。





「振り返らずに」はきっと重くなるだろうなぁとは思っていましたが。
サエナの最期の言葉がどんどん増えていく…。

こうすればよかった、とか、○分前に戻りたいとか…って何でも思うんだけど、決して戻れないんだなぁと。

教会の鐘の音ってよく響くんですよね。
朝、夕方…時間によっては15分ごと位に鳴ってますが、
朝聞くローマの教会の鐘の音が個人的にすごく好き。
…寺で思い切り鳴らした鐘の音も好きだったりします(笑)。

2006.09.24



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