空の色


「あ、クレヨン。懐かしいねー。昔よく遊んだっけ」
 午後、アルフォンスとサエナはグレイシアの店を手伝っていた。
 花屋というが、雑貨も置いてある。その中にクレヨンの箱を見つけ、サエナは声を上げた。
 ぱかっ。その箱を開けると何色かのクレヨンが行儀よく並んでいる。

「…クレヨン、か」





 ――――幼い時から身体が弱く、あまり外には出なかった。

「まあ、アルフォンス。随分上手になったわね。…今日は何のお絵かき?」
「おそらだよ」
「…でも、どうしてお空なの?…草原の緑だって、屋根の赤だってあるでしょう?違う色のクレヨンさんも使ってあげて?」
 母は優しかった。
 その暖かい手でアルフォンスの柔らかい色の金髪を撫でる。
「…ぼくが、いくところ、だから」
 にっこり笑って。
 小さい頃、何かのきっかけで『長くは生きられない』と知った。
 「どういう意味なの?」そう聞くアルフォンスに、母は「きれいなお空に行くのよ」と、何十ものオブラートに包んで柔らかく教えてくれた。
 アルフォンスの性格からして、ごまかしがきかないと思った両親は、『生きられないという意味』それをヘタに隠すようなことはしなかったのだ。
 だから、6色入りのクレヨンはいつも青ばかり先になくなっていた。
 知りたかったから。

 幼い頃…『死』なんて考える筈もない。
 みんな今の生活が永遠に続くと思っているんだ。
 いや、永遠になんとか…、なんてそんなこと考えるわけもなく、普通に暮らしている。





「アル?」
「え?…あ、何」
「なんでもないけど…ぼーっとしてる。クレヨン、そんなに懐かし?」
「ああ……そうだね」
 はは、と苦笑しながら商品の陳列の手伝いを再開する。


「サエねーちゃん!!」
「お!おっはよー。あれ、今日は一人?」
「うんっ!」
 背後からの元気な声。近所の子供だった。
「今日はアルにーちゃんもいるんだ!」
「ああ、おはよう。…お使いかな?」
「うん、プレゼント買いに来たんだ〜」
 子供は語尾の方はちょっと恥ずかしそうに腕を振りながら言った。
「!…あー」
 サエナは背を合わせる様に屈むと笑う。
「もしかしてー…お隣の――――」
「あ!そっから言うなよなッ!!……わかってんなら一緒に選んでよ!」
 隣のアルフォンスがそのやりとりにくすくすと笑い出す。それをむーっと思いっきり睨む子供。
「あはは、ごめん」
「そーだ、これはどう?」
 サエナが差し出したのは先程のクレヨン。
「クレヨン〜…?」
 えー、と言うような子供の顔。
「クレヨンなんて遊べないじゃん」
「あ、そんな事ないよ!知らないなぁ?ちょっと見ててね」



「サエナ、よく知ってるね。クレヨンであんな遊び方」
 通りの向こうに子供が消えるまで手を振って、それから向き直るアルフォンス。
「ん、シスターに教えてもらったんだよね。………あのさ、アル、あのコがクレヨン渡す相手ってね、お隣の…」
「女の子かなんかでしょ?」
「それがね。おばあちゃんなんだよ。……身体、悪くてね、外に出られないんだって」
「…!」
「いつもお空ばかり見てるよ…って言っててさー。……なんかさっき、アル…青色ばかり見てたでしょ」
「え?」
「あ、気が付かなかった?手にとって見てたよ。……やっぱり空って言うと青なんだね。…あのコも言ってたよ。おばあちゃんは青い空が好きなんだ、って…。だからね」
「黒のクレヨンで…夜空、か」
「うん。空って青だけじゃないよね」
「そうだけど、夜空の黒って、暗いイメージじゃないかな」
「うん、でも。…でも『黒いだけ』じゃないんだってさ。…ね、いろいろ教えてあげると元気になるでしょ。それを自分で確かめたいから、元気になれるかなって」



 ――――好きな色で、そう、虹色でもなんでもいい。画用紙に思いっきり色を塗って、その上から黒を重ねる。
 それから、先の尖った物で引っかくとその部分だけ黒が落ちる。
「ねえ、おばあちゃん。サエ姉ちゃんから教えてもらったんだ」
 子供はサエナが教えた通り、真っ黒になった画用紙を針で引掻いた。そこから見える虹の線。点を打てばそこだけ星が出来る。
「…空は青いだけじゃなくて。こういう虹もあるし、夜空に浮かぶ星もあるって。んでぇ!それを見せてくれる道具、アル兄ちゃん作ってんだって」
「そう」
「…ボクの夜空はさ、ほら、こんな虹みたいにきれいなんだ。だから、体早く良くして夜空も見に行こうよ!」
「そうだねぇ…」



「!…そうだ。……サエナ。なんで、ぼくが『青いクレヨンで空』って思ったって…」
「え。違ったの?」
「いや…違わなくないけど…でも、ぼく一言も空なんて言ってないし」
「…なんとなくっていうか…私も青って言うと空くらいしか浮かばないからって言うか……」
「そ、そう…」
「……クレヨン、『懐かしかった?』」
「ん?…ああ。――――ッ?」
「いっぱい、遊んだんだね、それこそ、懐かしいって思うくらい」
「ッ…。…ん」
「………」
 アルフォンスのその表情にサエナは眉をひそめ、微かに笑う。彼が昔を懐かしむことはあまりない。それでも懐かしいと思って、そのクレヨンを見ていたのだ。


「固執して考えちゃいけないんだ…きっと」
「空は青でー…とか?……」
「そういうことかな…」

 みんな、『永遠に』って思っているわけじゃない。

「サエナ、今日は夜空でも見に行こうか。こんな晴れてるし…きっと見られるよ」
「うんっ」
 それを確かめたいから、元気になれる。
 そうだ、それを確かめたいから、ぼくも一生懸命になってるんだよね…。






わけわからんサ。
ハイデリヒの回想まではかなり古いファイルでした…もう続きが浮かばなくて!!(汗)
結局誰の話だか分からなくなってしまったよ。
劇中のハイデリヒは病気に対してもう達観していて、あまり怖がっているように見えなかったけど…
昔は、ちょっとしたことでも怖がっていた筈。と。
サエナに「大丈夫?」と言わせるのは簡単だけど、それだけじゃないんだよねー…。

さて、クレヨンの遊び方。
これ、小学生のとき、工作でやったヤツです。
ちょっとやり方覚えてなくて曖昧なんですが、虹色で塗りたくったあと、真っ黒を重ねて釘かなんかでこすると…。
結構面白い事になる。きれいですよー。花火とかの絵だと良い。
もしかしたら虹色の上に定着液でもやったのかな…覚えてない。
油性で黒に溶けないからできることですな。


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