時が過ぎる速さ


 ――――とにかく、走っていた。

 もう、走るところがなくなるんじゃないかというくらい。
 旅をしていた4年間。アメストリス中をアルと駆け回った。時間なんていくらあっても一瞬のように過ぎていった。

 こっちに情報があると言えば直ぐに列車に飛び乗って、向こうだと言えばそれを追いかけた。

 何もかもそれは母さんから貰った『身体を取り戻す為』…そして『元の暮らしを取り戻す為』

 オレたちの罪は消えないけれど、オレたちが母さんにしてしまったことはどんなに謝っても消えないけれど…。母さんから貰ったもの、それを取り戻して、母さんの墓前でアルと…「ありがとう」と「ごめん」を言う為に。


 最後、オレはアルの犠牲で命を取り戻した。
 オレは、自分を代価にアルを錬成した…。



――――今、『あの時』とは比べ物にならないほどゆっくり時間が流れている。





「エードー」
 妙なイントネーションで名前が呼ばれる。
「おーい。エードーワードー!」
「へいへい…」
 何時まで経っても呼ばれる声が消えないので、エドワードはやれやれ、と身体を起こした。
 時計を見ると朝(昼?)の10時。


「やぁっと起きて来た!アル、出かけちゃったよ」
「は?だって今日研究室午後からじゃなきゃ使えないって」
「でも出かけたよ」
「ふうん…」


「………ね!買い物〜…朝市行こうかっ。そろそろ値引きの時間〜」
 ぱんっ、と手を合わせてお願いするようなポーズ。


「……お前、いつもそれだな」
「だって毎日ご飯は食べるじゃない」
「…アルフォンス、いっつも付き合ってるだろ。…迷惑してんじゃねえの?アイツ、結構言いたいこと押さえるから」
「そんなことない!アルだってきっと楽しい筈!」
「そうかぁ〜?」
「う…。た、楽しくないかな?」
「どうだかな」
「でも、ストレス発散には買い物なんだよね」
「…お前、ストレスたまるようなことしてるか?」
「いちいちうるさいですよ、国家錬金術師殿」
「うっせーな、ただの居候イタリア人」

「「………」」

 一瞬の間の後、笑う。



――――母さんの笑顔が、三人での暮らしがもう一度欲しかった。

『ねえ、エドワード。お買い物行きましょうか?』
『うんっ。アルは!?』
『アルフォンスも連れてきて。母さん、準備してくるから』


だから、だから…――――。


『母さんだって、またオレたちと楽しく暮らせれば嬉しいに決まってる!』


 だから。



「……望んでた」

「え?」
「いや、…なんでもねえよ。ほら、コート」
「ありがと」




 いつも行く市場。

 エドワードは何かを選ぶサエナの背を眺め、ゆっくりと歩く。
 横顔がたまに母に被り、買い物していた子供のときの自分がフラッシュバックする。
「…………夢なのかな…」


「…エードー!こっちとこっち、どっちがいい?」
 ちょっと遠くから大きい声で呼びかけられる。
 手には同じ果物。
「どっちだって同じなんじゃねえの?……じゃあ、こっち」
 エドワードはめんどくさそうに指をひょいと向けて答えた。

「はいはいー、…おじさん!これ!ちょうだい」




「…サエナ」
「ん?」
 暫くの後、二人の腕には買い物袋。
 市場からの帰り道。
 ゆっくりと歩く二人。
「今度……また三人で買い物、来るか?」
「あ、いいねぇ。荷物持ちが増える」
 にやり、冗談のように笑うサエナ。
「――――あはは、なんてね。三人で買い物かぁ。いいね、楽しみ」
「…………」
「でも、珍しいね。そんなこと言うなんて」
「そうか?」
「んー…うん。アルはよく言ってるけど「エドワードさんと三人で出かけようね」って」
「そっか…」

 ずきん、胸が痛んだ。
 アルフォンスが『三人で買い物に』と言っているとしたら、それは…『この三人で』だ。
 でも、エドワードの中には多少『トリシャとアルと自分』という心がある。


「もう、走れないかな」
「は?」
「…いや、こっちの話」

「………走れるでしょ」
「なんでだよ」
「足があるんだもん」
「!………義足だぞ」

「でも、動いてるじゃない?」
「…だな」
 苦笑して肩で息をつく。


「エド……」
 ふと足を止めて。それにエドワードも思わず歩みを止める。
「サエナ?」
「走れなくなったらさ。…それはしょうがないよ。私だってマラソン嫌いだもん。そしたら歩いて…またちょっとしたら走れば?」
 ちょっと俯いて。微かに笑う。
「…は?」

「私は、今の生活楽しいよ。アルとエドがいて…すごく」

「っ…!」
「でも、エドが…向こうに戻るなら、それはそれでいいと思う。…だから、今は歩いてゆっくりして…エドも楽しく暮らせればいいかな、と」
「……なんだよ、ソレ…」





「――――ほらほら!!午後から研究室!走ってアルを追っかけて!」
 ばっ、と顔を上げて急かすように声を上げる。
「はあ!?」
 その展開についていけないエドワード。
「だってお前、荷物…まだアパート先だろ!?」
「いいから行く!!」
 エドワードの腕から買い物袋を取り上げ、その背に声をまた浴びせる。



「………ありがと、な」

「え?聞こえなーい」

「ケッ…かわいくねー…」
「あー!悪かったですねえっ!!」
「聞こえてんじゃねえか…」

「ま、行ってくるわ」




「――――エドっ!!」

「あん?」


「今日、アル連れてちゃんと時間通りに帰ってきてね!シア姉とみんなでビアホール行こうっ?」



「…ああ!」

 背を向けたまま、ひらひらと手を振る。





エドと買い物(それだけ?)。

サエナをトリシャお母さんにした理由がちょっとあります。
(まあ、一番の理由は「私がトリシャママが好きだから」なんですけどね)

エドとアルはお母さんとまた一緒に暮らしたかっただけ。
お母さんの笑顔が見たかっただけ。

それの「夢のようなもの」

「夢なのかもしれない…」ってエド、言ってましたからね。

走り続けていたのは過去のエドワード…?(こじつけだなー)

2006.02.25



TOP