遠い空の向こう


 ――――空が遠い。
 雲ひとつない晴天。真っ青な空は何処までも抜けるように蒼く、澄んでいる。
 バイエルン・アルプスの涼やかな風。


「ふぁあ…」
 あくびを一つして大きく伸びをした。その動作で顔に載せた本がずり落ちそうになって、手で押さえる。
「あ、エド、サボってる」
「うっせー…なぁ」
 笑い声と一緒に振ってきた声にめんどくさそうな声で答え、本をどけた。

「グレイシアさん、まだ帰ってこないのか?」
「ん、でもあと少しじゃない?」
「根拠は?」
「ないよ」
「…へいへい」

「天気、いいよなぁ…」
 エドワードは空を見上げてぼやいた。
 今日、研究室はお休み。
 何故かグレイシアが出かけている……ので、店番を頼まれた三人。


「サエナー。そっち持ってくれるとありがたいんだけど。重くないから大丈夫だよ」
「はいはいー。…ってコレ何?」
「さあ?…ただ、『この箱外に出してね』って頼まれたんだ」
 アルフォンスが奥から持ってきた箱。
 大きさ的には一人じゃ抱えるには難しいくらいのものだが、確かに重さ自体はたいしたことはなかった。





「…開けてみるか」

「え」
「いいのかなぁ」
 そんなこんなで三人の前には箱。

 どこかの国からか輸送されてきたのか…箱の外には読めない言葉のラベル。
 …ということで、箱自体はとても…古そうだが、中身がそうとは限らない。

 突如現れた『箱』への好奇心で、『店番中』とそんなのは吹っ飛んでしまった。――――まあ、店先で広げているのだから客が来れば分かる、という考え前提だが。
「いいんですか?」
「だって、結局は店に出すんだろ?」
「まー『出しておいて』ならそうだよね」

 顔を見合わせる。

 『謎の箱』そう言ってしまえばカッコいい、――――が。
 ただ単なる『箱』と解釈すれば、…何事もなかったかのように『店番』に戻っただろう。
 
「どっちにする?このままほっとくか、開けるか…」
 にやり、エドワードの笑み。
「まあ。…普通に考えれば『ただの箱』ですけどね」
 そう言うアルフォンスも笑っている。
「でも、さ。今日は…天気もいいし、なんか面白いことあるかも」
「……じゃあ」


「「グレイシアさん、ごめんなさいッ」」

「あ、とりあえず謝るんだ?」






「まあ、やっぱり開けたのね?」

「…すみません」
「ふふ、いいのよ。そうしてくれると思ってなんだから」
「え?」
「別にどこかの国から来たモノじゃないのよ。ああいう箱、なんだかカッコいい気がするでしょう?」
 くすくす、グレイシアが笑う。
 アルフォンスはそんなグレイシアに苦笑しながら、通りの向こうに再度目をやった。


「えーそんなに飛ばないよー!」
「なんだよ、…ああ、ほら、こっちの羽ヘンな風に曲がってる。だからさ、空気抵抗を読んで…これをちょっとこっちにカーブさせるんだ」
 アルフォンスの視線の先には子供のように騒ぐ二人。
 何故、『通りの向こう』かというと、店の前とその向こうでキャッチボールのように飛行機を飛ばしていたから。


 ――――ふわっ。
 遠い遠い蒼い空に真っ白な紙飛行機。

「ホントだ。ちょっと高く飛んだ!すごい、エド!」
「だろぉ?」


「アルー!アルもやろうよ!」
 紙飛行機と一緒に向こうからサエナが戻ってくる。
 エドワードは他の紙飛行機の調整をしながら、飛ばす真似をしていた。
「…ああ!」


 ――――さて、グレイシアの箱の中身。
 それはいくつかの紙飛行機だった。
 店に来る子供たちにあげようと、用意していたもの。
 簡単なペーパークラフトのようなものだが、こういった物はちょっとした曲げ具合で飛距離が変わる。
 エドワードとアルフォンスなら、こういったことに強い。
 グレイシアは、実はそれを頼もうとしてこの箱を用意しておいたのだ。つまり、彼らがこの箱を開けるであろうことは予測範囲内。
 意識が向くように、とちょっと古めのいわくありげな箱に入れたりして。



「空気がきれいだね…」
 サエナは紙飛行機を手で飛ばす振りをしながら、空を仰いだ。
「…ん?」

「………遠くの空。…それ、エドの世界かな?」

「…!」
 ぽつり、言った言葉にアルフォンスが反応する。

「行ってみたいよね」
「…そう?」
「んー…。でも、…ホントの所……私は、…どっちでもいいんだ」
「え?」


 手元の紙飛行機に目を落とし、構える。 
「エドー!!行くよー!!!」
 エドワードに向かって飛ばそうとして…、アルフォンスの手に止められる。
「待って、これじゃ向こうまで届かないよ、貸して」
「職業柄ですねー?」
「…そうだね。……と、行きますよ!エドワードさんっ」
 苦笑しながら微調整して、軽い手の動きでエドワードに向かって飛ばす。
 まるで計算されたかのように、飛ぶ飛行機。


「…サエナ……。『どっちでもいい』…って?」
 少し不安そうな顔。
 それはそうだ。アルフォンスはエドワードが『この世界』から遠ざかるのを不安に思っているし、サエナは「争いのない空が見たい」と言っていたのだから。
 『どちらでもいい』という意味が知りたかった。


「向こうの空への道は、アルのロケットは…。…私にとって、…悪い所に行くモノじゃないでしょ?」


「!…」
「今のこの飛行機だって、すごく楽し。…きっと私だけでやったんじゃこんなに楽しくないだろうし、こんなに飛ばない。…アルとエドがいたから楽しいんだよね」
「………」
「だから。アルが前に約束してくれた所、それが。…ええと……。――――あー!なんかワケわかんなくなってきたッ…」
 くしゃ、髪を掻きながら笑う。
「ああ……そうだね」


「絶対、悪い所じゃないよ。サエナが……望むような世界なら」
 ようやく、アルフォンスに笑顔が戻る。
「…ぼくも、頑張らないと」
「ふふ、うんっ」


「――――だって、こんなきれいな空。…この空の向こうはもっとすごいよ…。大丈夫。…それに――――」
「?」
「今が、…コレが楽しいかな……」


 真っ青な空と、真っ白な紙飛行機。






長編第一話冒頭で「エドの世界に遊びに行けるかな?」と…言っていた筈が、
…長編中、あまり言っていなかった(笑)。言っていたことは「争いのない世界」

でも、結局言ってることは似たようなことなんです。
それぞれの「理想郷・シャンバラ」?みたいな(笑)。

…って書いてる私が段々意味分からなくなて来た(だめじゃん)。

サエナにとってのシャンバラは『アルとの生活』です。つまりは『平和な生活』何気ない日常。
でも、それが届かないことは、ずっと続かないことは分かっているので、ことあるごとに口に出るんですね。

長編の一番最初は、『両親と暮らしていた昔の自分』だったでしょうが。


ちなみに。
(何かの)ドラマで使った同モデル紙飛行機…一名様にプレゼント!っていう確かTBSの懸賞が当たったことがあります。
誰も出さなかったんだろうな。紙飛行機だし。

ちょっとした羽やらの曲がり具合で飛距離が変わるのは本当らしいです。
そうやって調整している人がいました。

しかし、グレイシアさんが結構な策士。道路で遊んじゃいけませんよ。エド、サエナ。

つーか、意味わかんないのをあとがきで誤魔化すなー(笑)。

2006.02.15



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