分からない花の名前
アパートの一階は花屋だ。 しかし、『花屋』と言っても雑貨やらも売っていて…『花屋』という名詞は当てはまらないかもしれない。 「アル、もう出かけるの?」 グレイシアが顔を上げると、花の香りがする。彼女の手元には花が入った桶があったから。 「ええ」 「サエは?」 「え?…ああ」 ちょっと考える仕草。 「……まだ、寝ていたみたいですよ?朝は会ってないですから」 「そう、いってらっしゃい」 「はい」 …ウソをついた。 実は朝方まで話をしていたので、今朝は会っている。…そんなこと説明していたら……なんだか妙なことになりそうだ、と思ったから。 ――――コレで二回目かな。朝まで話したの。 一度目は、サエナのイタリアの話。 泣きながらなくなってしまった村を、両親を求めていた。あの時は…正直、なんとなく放って置けなかったから…ってだけ。 確かにぼくの夢を『自分の夢でもある』と言ってくれたから…友達のようには思ったけど。 だから友達としてサエナのことは心配だった。それ以上の感情は抑えていた。 最初の日、グレイシアさんに「サエナを連れ出してくれ」と言われて…それの延長、みたいな感じ…――――に思っていた。 そう、あまり、人と深く付き合いたくないんだ…。ぼくのこれからを考えたら。 ――――真っ白な百合。何で好きになったのかなんて覚えてない。昔から遊びに行ってた教会のシスターがよく持っていたからかな? 「花瓶…花瓶……あ、あった!」 棚の上の花瓶をジャンプして…、おっと、とよろけながら取る。 「アルが帰ってきたら見せてあげよ」 アルフォンスが歩いていくその通りを窓から見下ろして笑う。 ――――二度目は、アルの話。 風邪を引きやすいとか、そんなことはちらりと聞いていたけど、治らない重い病気だなんて知らなかった。 ごめんね、アル。 一番初めに会った日、「アルの夢は私の夢」って言った。私、その『夢』のことしか見えてなかった。 空の向こうには争いがない。 空の向こうには国境がない…だから領土争いなんて起きるわけがない。 考えてみれば、さ。空には土地がないから国がなくて当然なんだけど。 でもでも、…そういう争いがない空を見るための乗り物があるんだって、私、それしか考えてなかった。 でも…最初の夜。アルは私を泣かせてくれた。 こんな話、聞きたくもないだろうに、自分だって大変なのに聞いてくれた…。「一人じゃないよ」この言葉がすごく今の私には暖かくて。とても安心できた。 そして、今朝、私にたくさん話してくれた。泣き言も、何も。いろいろ押さえていたものが爆発したみたいに。 出来るわけないけど、『守ってあげたい』と思った。 ああ、こんな人が近くにいたんだって、とても幸せな…って言うとおかしいかな、でもそういう気持ちになったんだ…。 「今日の帰りは何時くらいかなー…」 また歪んできた目をこすりながら時計を眺める。 「本が送られてきたんだ。それから資料になるものを拾って――――」 「じゃあ、俺はこっちの方から見ていくから」 「ああ、頼む」 ロケットの研究室。少数の仲間たち。 今、アルフォンスが付き合っている唯一の友人たち。 ――――そう、二度目の夜。…つまり、昨日から今朝。 今、ぼくの近くにいる人たちで病のことを詳しく知ったのはサエナだけ。 ちょっとしたきっかけで知られてしまった…。 あのときはいい気持ちはしなかったけど、朝になって…こうして研究室に来て、いつもの一日が着て…。『たった一人でも知ってくれている人がいる』んだって少し、心が軽くなった。 …考えが変わったのかな。 ごちゃごちゃといろいろ並べて、泣くような目でぼくの心配をしてくれた。 …いや? 今まで心配をしてくれた人はたくさんいた(ただ、昔の友人はもう離れたけど)。 ――――そうじゃない。 「やりたいこと、やってもいいよ」って、言ってくれた。 「泣いてもいい」と。「怖くないから、大丈夫だよ」って…。簡単な言葉の羅列だけれど、暖かかった。 頭を撫でられて、肩に手を置かれて…とても暖かかった。……でも、その手も震えていたんだ。君も怖かったんだね。 ――――あれからぼくは何を喋ったのかよく覚えてない。きっとなんでも並べて甘えていたんだろう。 きっと、そんなことするのは後にも先にも君だけ。 きっと、今朝、ぼくの中で『守らなきゃならないもの』が出来たんだ。 ぼくは決して長くないけど、それでも精一杯生きるよ。…ロケットのことと…君のこと。 「おかえりー」 扉を開けるとまず声が飛んできた。 アルフォンスの目が一瞬驚いたように見開く。そっか、サエナがいるんだっけ…と。 「ただいま。……リビング、一緒に使うんでいい…よね?」 言葉の最後は少し照れたような顔。 「うんっ、いいんでしょ?」 「ああ」 サエナの部屋は、グレイシアの所有。 だからアルフォンスの部屋と同じ間取りが同じ階にもう一つある。つまりは、サエナのリビングも存在しているのだ。 「ごはんも二人ならさみしくないよねー。たまにはシア姉も呼んでさ」 「そうだね。……あれ、花…」 テーブルに置かれた花瓶に大きな花。 「カサブランカ」 「へえ、そういう名前なんだ?」 テーブルに荷物を置き、その花瓶に顔を近づける。 真っ白な大輪の百合は誇らしげに咲いていた。 「多分」 「え」 「大きい白い百合だからカサブランカかなーって」 「アバウトだね、サエナ」 「結構種類あってよくわかんないんだよね」 「あはは」 「でも、きれいでしょ?」 「うん」 「じゃー……今度何かあったらカサブランカにしよう!」 「は?」 がく、アルフォンスの肩が落ちる。 何故そういう話になるのか意味が分からない。 「なんか…今日あったっけ…?」 「ないよ」 「………」 「なんとなくね……」 「?」 「なんとなくだけど、…アルだからいいかなーって。そんな日の予感」 言った後、自分で『意味がわかんない』という表情。 「???予感…?」 「…ま、いいよね。ごはんごはん。今日は何かなーシア姉のごはんー」 食器棚からスープ皿を二枚取り、疑問符浮きっぱなしのアルフォンスに「じゃ、待っててね」と声をかけて階段を駆け下りていく。 「…ええと、カサ、ブランカ…だっけ…?」 もう一度百合に目を落とす。立派な白い白い百合。 「……そうか、…そうだね。…サエナを……君を守ろうって、決めた日だ」 ――――花の名前なんてよく分からないけれど。 「コレなら覚えられるかな」 |
…長編2話と4話の後。…4話の朝、ですかね? 出会ってから1.2ヶ月くらい経った時。 二人で行ったり来たりしてて、わかりにくくてスミマセンです。 サエナは2話までハイデリヒ個人よりロケットの方に目が行っていたんです。 争いのない世界を見たいから。それをやってくれそうなハイデリヒにくっついてた。 でも2話で変わったんですね。4話で落ちました(何)。 ハイデリヒもやはり4話まではそんなにサエナのことは特別に思ってなかった。 そりゃそうだー。いきなり好きになるなんてハイデリヒらしくない! グレイシアに頼まれたからなーとか、自分の夢を追いかけてくれるんだなーって。よーするに『友達』ですね。 『友達』としてサエナのことを心配して2話で話を聞いていたりしたんです。 4話で心が変わったのねー…多分(オイ)。ってそんな話でした(笑)。 4話後、朝まで何をそんなに喋ってたのかハイデリヒ。 「花」…カサブランカしか出てきてないけど。 でも、花(こじつけ)。 2006.02.05 TOP |