一緒に


「アルっ!こっち!!」
「…ああ」
 広場の一角で手を振る姿。アルフォンスは人影を確認すると柔らかく笑って近づいた。

 研究室の帰り…と言ってもまだ時計は午後一時を回ったところ。
 今日はアルフォンスたちが使っている研究室が午前中までしか使えない為、早めに帰宅となったのだ。
 それならば帰りに買い物でもしようか?と、待ち合わせをしていた。
「エドワードさん、『お前らだけで行って来いよ』だってさ」
「そっか、しょうがないなぁ」
 くすくすと笑い、『じゃあ、お土産はあそこのお菓子にしようか?』なんてことを話す。



「――――けほ…けほっ…」
 小さく咳き込み出す。
 数回そうした後、簡単には止まらないことを悟ると建物側に移動して壁に背をつける。

「――――ふう…」
 暫くの後、ようやくおさまった咳。
「さっき飲み物買ったんだ、もう半分だけしか残ってないし私のだけど…飲む?」
「…あ、……ああ、ありがと…」
 まだ、歩き始めて間もなかった。
 特に寒いわけでもなく、ジャケットを羽織っていればとりあえず大丈夫なくらいの陽気。
 サエナは咳のことにはあえて触れず、飲み物を差し出した。
「喉にはやっぱり水分だよね、乾燥してると痛くなるから、…それ、全部飲んでいいよ」
「……ん、ありがと」
 苦笑しながら口をつける。
「お昼食べた?」
「うん」
「そっか、じゃあとりあえず買い物だけかな」
 咳もおさまったから、と壁に寄りかかるのをやめ、また歩き出す。ゆっくりと。


 市場までの道のり。
「――――アル?」
 なんとなく口数が少ないアルフォンス。
「…え、ああ…………なんでも、ないよ………」
 言って笑うが、なんでもないわけがない顔。
「…帰ろっか?エド待ってるし」
「いや、いいよ。…約束だったろ?今日午後遊ぶって」
「アル」
「ぼくは大丈夫だから」
「その話じゃないよ。…家で遊べばいいから、ね?」
「…サエナ。…特別扱いはしない約束」
「してないって。…私がそうしたいんだから」

「ほらっ、アル」
 アルフォンスの腕を掴んで…そのまま振り払われる。
「…アル」
「……………ごめん。…あのさ、…ぼくは………」
 横にいるサエナにはあえて視線を落とさずに。
「ぼくが何処か行ったら…サエナどうする?」
「何処か出かけるの?」
「違うよ、そうじゃなくて」
 わかっている。アルフォンスが言いたいことくらい。だから、わざと外した。


「ぼくは君の側にはずっとはいてあげられないよ…?」
「ッ…」


「……………」
「…ア…」
「だから、……今できること…したいんだ。…それは、ロケットのことでもあるし………サエナのことでもある…」
 視線を痛いくらい感じるが、あえてそのまま視線は前へ。

「ぼくの未来は…そんなに長く、ないから。言っただろ…?」
 今言っている『言葉』は言いたくなかった『言葉』でもある。できることならずっと胸の奥底にしまっておきたかった。

 どうかしている――――。

 アルフォンスは頭の中でそれを考えていたが、口はその意識とは別に動き出す。
 こんなことを話しても、聞いた方は嫌な思いするだけだ。自分は言い知れない黒い物に支配されるような気がして。言っている自分だって嫌になる。
 でも、サエナには聞いて欲しい…これは…矛盾。

 なんで――――?

 底にしまっていた言葉は、一度出てくると止まらない習性を持つ。

「ぼくが居なくなったあと…。ぼくは……どうなるのか怖い…」
「……」
「サエナはエドワードさんと暮らすのかな…とか………」

 君の心は誰かのところに行くのかな?とか――――。



 ――――ぐいっ!

「うわっ!サ、サエナっ!??」
「いいから黙ってついて来るっ!!」


 腕を強く掴まれ、先ほど歩いてきた方向に引き返す。
 アルフォンスが半ば叫ぶように聞いても、何も答えずにずんずんと歩き出すサエナ。





「―――――ここなら、好きなだけ言えばいいよ。聞いてるのは私だけ」

 声が反響する。
 小さい教会。
 そこらじゅうに教会があるから、歩いていた距離なんてたかが知れている。

「ちゃんと、聞いてるから」
 目を真っ赤にして。
「サエナ」



「言わないの?」

「………」




「じゃあ、私が言う。…―――――バカアルっ!!!!!」

 きぃぃぃぃ………ん。

「っ!?」
 思わず耳に手を当てる。
「怖いのは…アルだけじゃないよ!!」
 震える声。
「…!」
「そりゃ…怖いことたくさんあるから、私、聞くだけしかできないから、聞く。…アルのこと全部聞きたいのは今でもそうに思ってるし、ウソじゃない。…でも!!『側にはいられない』なんて言わないで!!」


「諦めるような言葉は…イヤ…だ。――――私だってワガママなんだ、アルの話聞くって言ってるけど…こういうのはや…ッ」


「でも、もう…ぼくは」
 目を細めて。


 とんっ。

 アルフォンスの肩に額を乗せるようにして真正面から腕を回す。
「サエナっ?」
「ほら、アルはあったかいじゃない…。こんなにも近くにいる……」
「…………」
「話してくれてありがとうね…。でも、ダメだよ、…未来はあるから、……未来を否定する資格はないよ」
 背にまわった細い手が強くなるのを感じる。
「アル、もしかしたら。今の私だってここにいなかったかしれないんだよ。…だって、村がなくなった時、…村の人、何人も………。その中に私もいたのかもしれない。でも、私はまだここにいる。……わかんないんだよ、未来なんて」

 一番最初に、サエナがアルフォンスの病気のことを聞いた日。
 あの日、『ぼくは多分長くない』という言葉には、『いやだ』とか『だめだ』とか否定的な言葉は返さなかった。
 それはあの時は全て吐かせてあげたかったから。だから流れてくる涙だけで、溢れる言葉は喉元で止めた。
 今だって『聞いてあげたい』と思っている、けれど、そんな、簡単じゃない。平気でいられるほど強くない。

 それに、『アルは大丈夫』とその言葉を胸に刻んで欲しいから。
 『ダメかもしれない』なんて、思わないで欲しいから。


「いつか話したでしょう、未来。……あれ、私見てきたんだよね」
「ええ?」
「…だから、アルには未来がないなんて言う資格ない」



 暖かい。
「…………何言ってもいいって言ったよね?」


 どうかしている、なら…、言うことにしよう。


「……エドワードさんはさ」
「エド?」
「男のぼくから見てもかっこよくて…すごいと思うんだ…」
「………ん」
「ぼくは…それこそロケットの知識とか、そういうのしかなくて、…体力もないし、強くない。何かあっても守ってあげることなんてできない…」
「別にケンカが強いのが一番じゃないでしょ…?」
「黙って聞いて?……だからさ、ちょっと、イヤだったんだよね…」


 ―――――君は、何かある度に『エドは?』って聞くから。


「何が?」
「……サエナはさ…何かある度に…――――〜ッ」
 心で思ったことをそのまま言おうとしたが、止まる。
 顔を赤くして口元を押さえるアルフォンス。

「なんでも、ない。やっぱりやめ」
「え〜!!!」
「ほら、もうこんな時間。…ちょうど市場が安売りする時間だよ。エドワードさんにお土産も買うんでしょ」
「…もう」
「ね。それはまた、次の機会に。………ほら、サエナ。行こうよ」
 いつものように笑う。
「………」


 ――――別にいいか。
 アルが元気になったから。


「了ー解」
 わざとやる気がないような声で答え、それから数歩前を歩き出したアルフォンスの腕に飛びつく。





中編書いているときに…なんか「こんなファイルあったっけ」って開いてみたらコレだった。
そういや、去年、途中まで書いてたんだっけ(忘れてたんかい)。
あー同じような話だからってそのままほっといたんだった(ホントになぁ)。

長編でサエナは「怖いことでも何でも話して欲しい」と言っていました。
でも、彼女も完璧じゃないので聞くとやはり怖いのです。

聞くことで少しでも気が楽になればいいけど、でも、ハイデリヒの諦めの台詞はイヤだ。
そういう矛盾も人間です。

それでもきっと、他の人にはこんなことを言わないハイデリヒが、サエナには言えたとしたら、
それだけで少しは心が軽くなったんじゃないでしょうか?
映画のエド、病気のことは知らなそうでしたし、ハイデリヒも言わなかったんじゃないかな。
「特別扱いされたくないし、研究が続けられなくなる」って。…って長編でもやりましたが。


そして市場大好き。庶民派。
やはり生活の場は市場でしょ〜。しかも終わり間際に行くなんて買い物上手!(は?)

挿絵

2006.01.18



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