スターリングシルバー


「んっ…」
 ブラウスの中で首に引っかかるような感覚がして、それを引き出した。
 銀のチェーン。
「あー…随分変色してる。これだから純銀は困るよね…」
 ふうっ、と息をついて。
「そろそろ年も変わるし……やっておいたほうがいいのかな」

 家中の銀製品を磨いておく、と言うのが年末のひとつのイベントだったりする。


 とりあえず磨いてきれいになったチェーンをまた首にかけなおし、階段を下りていく。
「シア姉、銀食器ってある?」
「え?ああ…何枚かはあったわね。…どうするの?」
「磨くの、チェーン磨いたらやりたくなって」
「ああ。もう年末だものね。……じゃあ、何本かスプーンもあるからお願いね」
「んっ」
「多分二階にもあるわよ。一緒にやっちゃったら?」
「はーい」



 紙に丁寧にくるまれた銀食器たちは、確かにあまりきれいな状況ではなかった。
 銀製品は放っておけば黒っぽく変色してしまうが、かといって毎日使うような代物でもない。
 サエナはそれらをテーブルに並べて、磨いていくという地道な作業を開始。


 そして…。

「疲れたぁ……」
 首を回して肩を揉むように手を回す。
「…う……結構大変だった…。って二階にもあるんだっけ……とりあえず一階に持って来てここで作業、かな……」
 明日に回せばいいのだが、なんとなく一気にやってしまいたい気分。
 階段を上がり、いくつかの箱を発見する。

 小分けにされた箱の中身は全部スプーンだった。


「さて、普通に降りるだけじゃ疲れるから…と」


 建物自体が古いから、木製の階段手摺は劣化の所為か、とてもよく削られていて…それはそれはよく滑る。
 その手摺に腰掛け―――――。

「ッ!…結構楽しいじゃないっ」
 あっという間に踊り場、そして1階。
 上がったり下がったりすれば結構な段数だが、下りだけならこれでかなり遊べ…―――いや、楽になる。
 箱を一つ一つ運びながら、二階から一階への下り分は手摺の滑り台で降りることに決めた。



 そして、「これが最後の箱」の時。
 何度となくやった手摺滑り台。


 ――――…しかし。


「――――ええ、あの資料が…」
「ああ、あれはさ――――」
 一階の廊下から聞こえてきた声。
 ああ、そういえばもう夕方で。二人が帰ってくる時間でもあって――――。


「Un mome……じゃない、まだこっち来ないでっ!!」
 ヘタすればハチ合せしてしまう。
 建物の構造上、一階の廊下にいる人間は階段の上り口まで来ないとその上が見えない。
 つまり、一階にいる人間は、まさか階段の手摺を滑って下りてきている者がいるなんてわかるわけもなく…。


「え?」
「は?」

 案の定、階段の上り口まで来た二人は固まってしまった。


「どいてっ!アル!!エドっ!!!」 



「きゃあッ!」
「わあっ!!」

 ――――がっしゃー…ん。


「ててッ」
「う〜…」

「おい、お前ら、大丈夫か!?」
 あたりに散らばったスプーン。

 そして、

 バランスを崩したサエナに突き飛ばされるように…と言うか、押し倒されるような状態のアルフォンス。
「だ、大丈夫?サエナ…」
 壁に軽くぶつけた後頭部をさすりながら、起き上がる。
 とっさのことにも関わらずしっかりと、サエナをかばっているところは性格か。
「う、うん……ごめ、アル…」

 そして、どう反応していいかわからないエドワード。
「…なんで、……なんで…階段滑って降りてるんだよ…」





「「―――――で?…なんだって?」」
 もう何度も聞き出したのに、二人は意地悪でまた聞き返す。

「だから、ごめんなさいって、言ってるでしょ…?」
 零れたスプーンを拾い、先ほど銀食器磨きをしていた一階の作業テーブルへ移動。
「手摺を滑り台にするなんて、しかも、荷物持っててさ」
「でもアル。今まで、失敗はしてなかったんだよ…?」
「…いつ失敗するか分からないだろ、よく滑るし、スカートだからうまく着地だってできないだろうし」
「あーアルフォンス。…そこまで過保護にすることないだろうけどさ、……でもま、バランス崩したら危ねえよな…。トロイんだから」
「う……以後、気をつけます」

 ふうっ、アルフォンスはため息をついてから、テーブルの銀食器に目をやる。
「手伝おうか?」
「ああ、いいよ。もうスプーンだけだし、私がやり始めたことだから」
「ん〜…何で、磨いてるんだ?」
「黒くなったから、と年末だから…だけど」
「それだったらやっぱり手伝わないと、エドワードさんもやりません?」
「別にいいけどな」



「まあ、三人でやってるの?なんか妙な光景ねえ」
 その後、店を閉めて、こちらに来たグレイシアがその三人の様子を見てそう苦笑しながら言った。
「じゃあ、これあげるわ」

 三人に渡されたのは人数分のスプーン。今磨き終わったものだった。
 それはティースプーンらしく、とても小さい。
「え?なんで?」
「スプーンをあげるって『これからの人生で食いっぱぐれがない様に』って意味なんですってよ」
「へえ、そんな話があるのか?」
「それ、本当は『お母さんが赤ちゃんに』ですけどね」

「まあまあ、細かいことは気にしないの」



 その後スプーンは、食器の中では唯一『自分の』と言う認識の下、使われているらしい。
「アルフォンス、オレのスプーン取ってくれよ」
「…どっちでしたっけ」
「あ、この細工じゃなかった?」

「……まあ、使えるならどっちでもいいけどな」






年末に、だかなんだかに銀製品を磨くと言うのは…あるらしいです。

映画観てて、「あ〜あの手摺滑りそう〜」って思ったのが最初(何見てるんだ)。
そんなわけで「不器用」なのは階段滑りを失敗したこと。


2005.12.12


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