両親

 ――――1920年 ×月

「サエナ、お父さん、もう直ぐ帰ってくるって?」

 丘の上の小さな村。

 何故丘の上に村があるか、と言うと谷に作るとその湿気で伝染病が発生するから。
 昔、一夜にして村が一つ消えたと言う話もあるくらいだ。
 だからこの国には中世の時代に建てられた古い町が丘の上にいくつもある。


「うんっ、帰ってきたら、ローマに連れて行ってくれるって」
「へえ、随分遠くまで旅行だねぇ」
「だってめちゃくちゃ久しぶりだもんっ、甘えなきゃね」

 髪を後ろで束ねるのをやめ、髪留めを外すと風にふわっと髪が舞う。
 サエナは空を見上げて。

「うん。あとちょっと」







「―――――…H、E、I………ハイデ…リヒ?」

 192×年 ミュンヘン
 見慣れない二つの影は、二つの墓石の前で立ち尽くしていた。

「どうしたんです?」
「いや、名前はサエナだが。……これじゃないのか?…サエナなんて名前、イタリアでも珍しいから…そんなにないと思うが」
 カサブランカの花束をとりあえず足元に置き、すっ、とその墓石に向き合うように膝を付く。
「隣は、アルフォンス。……これも同じファミリーネームですが?」
「……ああ。じゃあ兄妹か何かか?」

「ルド――――?……ああ」
「グレイシア!」
「来てくれたのね。…サエナ、喜ぶわ」
 グレイシアは見覚えのある人影を確認すると笑って近づいた。
「!じゃあ、やっぱり」
「ええ、サエナの。…ずっと待ってたのよ、この子」









「パパ、帰ってくる?」
 夕食は母親と二人だけだから簡素なもの。
 それでも村で採れた野菜などをあわせるとかなりの種類にはなる。
「ええ」
「いつ帰ってくる?」
「近いうちに」
「え〜」
「サエナ、落ち着きなさい。あなたいくつなの。もう大人でしょ」
 母は顔を上げてそう諭す。
「…なんだっていいじゃない」
 がたんっ。
 椅子に思い切り背を預けてがたがたと音をさせながら。
「よくないわ」
「…ママだってパパ帰ってくるって手紙来て嬉しいくせにさ」
「サエナ」

「(怖ッ…)」

「――――会ったら。何がしたいの?」
「へへ〜」









「…じゃあ、やっぱり…死……」
「ええ。…でも、その、――――辛い、死に方じゃなかったわ」
「死に方に幸せも何もない。戦場でも、何処でも」
「…ええ、そうだけど、…でも、……笑っていたって。イタリアであのまま戦火でどうなるかわからないより、ずっとあの子は幸せだったわ」
「…――――私はたった一人の娘も守れなかったんだな」
「ふふ。…サエを守っていたのはこの子ね」
「アルフォンス?」
 母は隣の墓石の名前をそのまま読み上げた。
「ええ」









「パパ、仕事で国の混乱を治めてるんでしょ…うまくいってるといいね」
 夜の闇。
 辺りは真っ暗になって外は見えないのに、窓に顔をぴったりつけるようにして外をうかがう。
 窓の外は…そう、丘の上だからいきなり崖のようになっていて、夜の闇が余計に際立つ。はるか遠くに同じくらいの高さで違う町の灯りが見える。
「ええ」
「なんで、かな」
「?」
「なんで、…戦うのかな」
「…力が欲しいんでしょう?」
「昔、この国はずーっと向こうまであったけど、結局こんな小さくなったでしょ。……結局はさ、ダメなんだよね、大きいものを持ち過ぎるって」
「………」
「領土争いなんてなくなれば、きっともっと………。ねえ、なんで地上はひとつなのかな。…あ〜、ひとつでいいんだけどさ。…でも、そういう考えを持つ人も…いるから……ん。わかんない」
「あなたは難しいことを言うのね」
「そんなことないよ、難しくなんてないでしょ…」


 そうだ、難しくなんてない。

 きっと、難しくなんて…………。






 ――――何事もなく、ドイツに来られたのは奇跡に近かったかもしれない。

 きっと父親の警察のコートを羽織っていたから、遠目で見ると「女の子」に見えなかったのも幸いしていたのね。
 昔から知っているその子とは思えないくらい、目は死んでいて。
 服はボロボロだったから着替えさせて。
 大きな怪我はしていなくても、たくさん、切り傷があった。

「サエ」
「…………」
「ほら、これ、食べなさい」
「……ん」
「ルドフィーガのおじさんたちは?」
「!…………わかんない…」
「…そう」
「…………」
「ねえ。もうすぐ…ここに住んでいる子が帰ってくる時間なの、その子とは年も近いから、お話でもする?」
「…………いい。…いらない…!」

 ドイツ語のグレイシアとイタリア語のサエナ。
 違う言語が言ったり来たりする。

「……シア姉……ドイツ語、喋った方がいい?」
「ここではね。…誰に聞かれるか分からないから…。あなたハーフなんだから、ドイツ人だ、って言っても分からないし」

「ッ………!」

「サエ?」
「酷いよ…なんでっ……!?…ここにも、ここにも私はいちゃダメなのっ!??」


「国境なんて……領土なんて、大嫌い」


「その所為で戦いが起きる…」





 とある夜。

「空には、この上の世界には国境はない?」
「?…あるわけないだろ、はは。おかしなことを言うね、サエナは」
「そっかぁ」

 夕食のとき、一度そんなことを聞いたことがある。
 事情を知らないアルフォンスはさらりと答えていたが、その時のサエナの顔がふわっと微笑んだことを、グレイシアは覚えている。







 ――――グレイシアの話を聞きながら、父はその墓石から目を離さなかった。
 泣くわけでもなく、じっと見つめて。

「…昔から頭のいい子ではなかったが……それでも…、ここで暮らした何年かは幸せだったみたいだな」
「ええ」
「………」
「この、アルフォンスと言う子は?」
「サエナが亡くなった後、……少ししたら事件に巻き込まれて…亡くなったわ。…今、一緒にいるんじゃないのかしら?随分仲良かったから」
「…私は、この子にも礼を言わなくてはならなかったか」
「ふふ、そうね。言ってあげて?素直ないい子だったから、きっと気に入るわよ」



「でも、私のサエナを断りもなくッ…。名前まで変えやがって」
「「……………」」

「……それでも、幸せならいいでしょう、父親なら祝福するべきですよ」
「う。ああ」


「……『パパに会ったら何がしたい?』」
「?」


――――とにかくみんなで食事会っ!!――――



「ですって。…ね、叶えてあげなきゃ」
「ああ」






何処が『劇場版 鋼の錬金術師』?
いや…何処でしょう?(笑)
でも劇場版が歴史にくっついているから…それが悪いんですよ!!(オイ)
戦いが何とか、とかそういうのも鋼のテーマじゃないでしょうか?
アメストリスとイシュヴァールみたいな…。

まあ、こんな混乱時代もあったんだ、と。

1話の前と最終話の後を行ったり来たりしてます(私はそういうのが好きなのか?)

さて、両親は生きていました。
誰でしょう(誰でもいいじゃん)。


さて。「丘の上の町」の話。
イタリア中部の話なので北部に摘要されるかは微妙ですが、丘の上に町があるのは…本当です。
実際そうだったのかは知らないですが、一夜にして町が滅びたとかいう話もあります。


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