「アルフォンス、サエナの部屋――――…ノーアが使ってもいいか?」

「え、…ああ、いいんじゃないですか?」
 一瞬の間の後、アルフォンスは穏やかな声のままそう返した。
 ノーアは一瞬その名前に反応したようだが、「ありがとう」と小さく言う。
「元々…ぼくが借りてた部屋じゃないですし」
 そう肩をすくめて苦笑。
 当たり前のことだが、サエナの部屋はアルフォンスが借りていたわけでないのでグレイシアの所有になっている。
「ああ、そうだったな」




――――君がいなくなって直ぐ、カーニバルがあって…そして、ぼくらはまた三人で暮らすようになった。

ノーアという名前のジプシーの子で…何かに追われてるらしいって、エドワードさんが連れ帰ってきたんだ。
 君の部屋、今はその子が使ってる。


…そうだ、工場が持てるようになったんだ。
 君に見せたことがある…分解して置いてあった赤いロケット、
あれを組み立てておいても全然邪魔にならないくらい広くて。

今はもっと大きなロケット飛行機を作ってる。





「ああ、弟に会ったんだ、弟のアルに」
「!」


 ――――どくんッ。

 胸が痛くなった。
 それは、病気の痛さじゃなくて。



『あ、何か嬉しかったとか?』

 昔、エドワードさんと君と三人でやった誕生日会。
 あの時チラッと見せたエドワードさんの笑顔。
 あれと、少し被る…。

 あれは、きっと昔を思い出してたんだ…。


「(弟…)」



――――あんな一緒にいたのに、あんなに一緒に笑っていたのに、

おかしいくらいに最近はエドワードさんに会わない。

 同じ建物の中で暮らしているのに。

仕事が忙しくなった、とか、そういうのとは別。



「もう、いい…」



――――戦争?
エドワードさんの世界と?ぼくのロケットがそれに関係してるって…?

バカな。

サエナ、……全然、大丈夫なんかじゃないよ…。あの人の心は…どんどん離れてく…。

あなたの世界は、ここじゃないって言うんですね…――――。







「あなたには…何も言う資格はないッ!!!」







『ぼく』のことなんて、最初から見ていなかったんだ…。あの人は。

『サエナ』のことだって見ていなかった。


ずっと、ぼくらはエドワードさんのことは友達だって思っていたのに。

思いは一方通行だったのかな…?





「――――げほ、こほっ……〜っく」
 アルフォンスは胸を押さえ、咳を無理やり止めながらその時間も惜しいように機体に向かう。





『アール』
 ……こうやって呼びかけるときは、ぼくが何かひとつのことで落ち込んでいるときだったような気がする。そうして、覗き込むように顔を見て、笑うんだったよね。


『エドね、……理不尽でもどっちかが折れないとケンカは終わんないって言ってたんだよね、それ、お兄ちゃんのエドの役目だったんだって。…だから私にちゃんと話して来いって、これ、「誰にでも通用することだろ」って……そうだなって思ったよ』

 それはアルフォンスが『ドイツは負けてない』と言って、サエナがそれについて怒ったときの話だ。
 ケンカではなかったが、ちょっとだけすれ違った後、そんなことをサエナは言った。
 ドアを開けてもらわないと離れられないから、と文句を言っていたその後ぽつりと。

『ちゃんと、考えててくれてるんだね。エド。言い方はヘタだけど』
『………ん』





『機械鎧にすればいい!!…命がなくなるより全然いいだろ!?』

『簡単に諦めるなよ!』

『アルフォンス…言いたいことは言えたか…?』




――――君がいなくなる間際、

そうだ、エドワードさんは……必死に叫んでくれてた。

自分だけ悲しんでいたように錯覚してたんだ、ぼくは。

自分だけ置いていかれたような気分になってただけなんだね…。




「!…………そうだったね、…バカはぼくだ…」

 ぱた。
 ぱた。

 涙が零れた。



 11月8日。



 目の前には箱やらがクッションになってどうにか一命を取り留めているエドワードの姿。
 エッカルトに撃たれたようだったが、大丈夫、義手に当たっただけらしい。
「……よかった…」
 アルフォンスはその身体を起こし、腕を肩にかけて、何処かに運んでく。


 赤い機体。


 ベルトをしっかりかけ、最後の点検をする。

「……ありがと、エドワードさん。…………さよなら。…向こうに行っても…元気で」

 まだ気を失っているエドワードの頭をすっと撫で、微笑みかける。

「ぼくは、もう大丈夫です。………――――あなたのこと、本当に大好きだから、サエナだって、あなたのこと好きだって言ってたんですよ?」


 建物の中に風が巻き起こる。他のロケットが発射準備を始めた音。

「だから、あなたの道を、応援します…」






「ここで、エドワードはアルフォンスのことは見えなくなっています」
これに「ひでえ!!」と思ったのは私だけじゃない筈。


そんなわけでいろんな時間をとんでしまって、それこそ「私だけがわかる小説」になっていたぜ(笑)。


「あなたには何も言う資格はない」
「ぼくたちは夢じゃないよ」
言わなきゃならなかったアルは苦しかったろうな。

…でも、エドはきっと今は分かってくれている筈。


映画の話をそのまま追うのはなんかズルのような気がしてアレだったんですけど…。
でも「見えなくなってます」でカチンと来たので(何)。
サエナを出せばどうにかアルの中で怒りを消化できるかと思い…。


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