言葉の価値


『好き』

 その言葉が発端。
 これは、この『たった一言』で振り回された青年の話。



「何してんだ、アルフォンス、食わないのか?」
 研究室の昼下がり。エドワードとアルフォンスは少し遅めの昼食を取っていた。
「……………」
「珍しいな、ぼーっとするなんてさ」
「……………」
「っ。………おい。何か言えって!」
 糠に釘?
 全然反応がないアルフォンスにエドワードはため息をついた。

「けっ…食ってやる」
 アルフォンスの皿からおかずがひとつ消えたが、それでもなお、彼はあさって方向を見ていた。


「………エドワードさん」
 ぎちぎちぎち、という効果音がぴったりのようにゆっくりと首をエドワードの方へ回す。
「食べたんですね」
「反応遅ッ!」
「別にいいですけど……」
「んで?何があったんだ?」
「なんでも、…ないですよ」
「なんでもないわけないだろ。変な顔してさ」
「!……」
 思わず顔に手を当てる。
「そんな顔してますか」
「ああ。なんとなくな」
「エドワードさんが特に気にするようなことじゃないですよ。さて、お昼も終わりです…。行きましょうか」
「?…ああ」



『好き』

 ――――実は『隙』があるとか。
 『透き』通っていたとか。

 夕方、いつもの帰り道。アルフォンスはそんなことを考えながら歩いていた。
「おい、アルフォンス!」
「…エドワードさんに隙があるとは思えないんですよね…」
「はあ!?なんだそりゃ」
「隙がある人ってどんな人だと思いますか?」

「…………」
 どうかしてしまったんだろうか?…とエドワードは心の中でつぶやいた。
 一日中ぼーっとしていたかと思えば、いきなり妙な質問。
 しかも特筆するべきは、ぼーっとしていても『ロケットの研究はまじめにやっていた』ところだ。そこはすごいなと思う。
 いやいや、今はその話じゃなくて。

 隙があるって言えば…。
「アルフォンス。…お前も隙は十分あるぞ」
「!…そうなんですか?」
「あとは、近いところで言えばサエナやグレイシアさん……」
 戦闘能力があるエドワードからすれば、現在彼の周りにいる人間は隙がありすぎるというのが率直な意見だ。
「じゃあ、これは保留ですね」
「(何がだ!?)」
 もうツッコむ勇気さえなくなってきた。

「あとは透き通っている、かなぁ…」
「(だから何がだよ…)」



「おかえり!」
「ああ」
「ただいま…」
「?………アル、元気なさそう?」
 微妙な…というかぼーっとしている表情を見て直ぐに反応するサエナ。
「ああ。なんか朝から妙だぜ、こいつ」
「別に、ぼくは普通ですよ」

「「普通?…それが?」」
「……なんで同時…」
 なんとなくリビングに居辛くなったアルフォンスは部屋に逃げるように去っていく。


「サエナ。…あいつに何か言ったのか?」
「言わないよ!」
「…隙がある人間、探してるらしいぞ」
「は?…」
「流石にアルフォンスを組み手の相手にはできないからな」
「組み手…?何それ…」




『好き』

「…………」
 そんな言葉、あまり使わないものかと思っていた。
 ベッドに寝転び、手を額に乗せて天井を眺める。
 あれからどのくらい時間が過ぎたのか分からないけれど、部屋と窓の外がもう真っ暗なので…きっと遅いのだろう。

「…好き、かぁ」

 お菓子が好きとか、研究が好きとか…そういう話でもない。
 言い間違え、聞き間違えも十分考えたがそうじゃない…多分。

 こんこん。
「はい?どうぞ」
 がちゃ。
 入ってくる人は大体ノックの音みたいなので分かる。
「ご飯だよ〜…って!真っ暗じゃない!?」
「ん…」
「アル?やっぱおかしいよ…」
 手探りで灯りを探し、とりあえず一番最初に見つかった机の小さい明かりだけ灯す。
「エドワードさんから何か、聞いた?」
「ああ。…組み手の相手がどうとかって」
「…………は?」
「違うよね。やっぱ」

「――――座っていい?」
「ん」
 起き上がったアルフォンスの隣に腰掛け、顔をまじまじと見る。
「な、何?具合なら悪くないよ?」
「……研究がうまくいってないとか?」

「サエナ」
「ん?」
「エドワードさん、…のこと、どう、思う…?」
 途切れ途切れに言葉を吐き、最後のほうは段々声が小さくなる。
「エド?…ああ、いい人、だよね」

「「…………」」

「――――それだけ?」
「は?…それだけって?……他に何かある?友達でしょ?…あ!まさか私にお母さんになれなんて言うんじゃ…」
「違うよ!……でも、友達、それだけ?じゃあ今朝エドワードさんに言ってたのって…その、好きって…」
 一日中それが気になっていたなんて言えない…けれど。
「は?………」
 暫く考え、記憶の糸を探る。
「…――――ああ!エドの友達のウィンリィって子、私、好きになれそうって言ったんだよ」
「へ、へえ…」
「…妙に突っかかるね」


「………じゃあ、さ」
 今日、一番確認したかったこと。
 つばを飲み込む音が聞こえやしないかと、内心焦る。
 こんな風に勢いで聞くのはイヤだったけれど…でも、ここまで来たんだ、引き下がれないし、やっぱり…ちゃんと聞きたい。
 今日一日ずっと気分が悪かったんだ、と、混乱気味のアルフォンスの頭の中は正常な思考が難しくなっていた。
「なぁに?」


「ぼくのことは…?」


「!……アル、のこと?」
 焦る。
 聞いてきたその目が真っ直ぐで。
 薄暗くてよかったなと、机の照明に感謝。きっと見られた顔じゃない。

「ぼくのことは、サエナ、……どう…」


「――――〜ッ……あ、あのさ、お腹すかない?ねっ、ご飯にしようよっ」
「サエナっ!!」
「と…友達。…でしょう?エドと一緒」

「!…エドワードさんと…?…――――うん。……そう、だね。ぼくも、サエナのことは大事な友達だって、思ってるよ」
 にこっと笑い、立ち上がる。
「ご飯にしようか?」
「うん…」



 …ドアに向かうアルフォンスの背、それを見つめる。
 今言った言葉は、良かったのか…悪かったのか。
 『友達』と言われて、少し、嫌な気分になったのは…自分にそういう感情があるから。ここに来てからずっと見ていた。
 ――――誰よりも。



 …立ち上がったとき、サエナの顔が少しだけ見えた。
 エドワードさんのときと明らかに態度が違ったから…少しだけ期待してた。
 でも『友達』って。
 ぼくにとってサエナとの約束は、確かに約束だけど…少しだけ違うものが入っている…。特別な…。
 でも、やっぱり『弟』みたいな扱いなのかな。



 きゅ。
「!」
 扉に手をかける瞬間だった。
 シャツが引っ張られる感覚。
「サエナ…?」
 遅れて肩に何かが当たる。額らしい。
「アル…」
「…………」
「私は、アルがいれば幸せだよ…」
「!」
「きっとアルがいなかったら…ここにもいられなかった…。泣いて、もしかしたらなくなった村に帰ったかもしれない」
「……誰もいない村に帰ったって生きていけないよ…?」
「だから、アルがいて私は幸せ。…気持ちが柔らかくなる…」
「ちょっと待って、それってつまりさ――――」
 くるり、と振り向き、顔を合わせる。
「…つまり、さ…」
「アル、……あの時、誓ったことは本当だよ、少なくても私は…。アルが、どう思っているかは知らないけど」

 オクトーバーフェストの日。

「………」
 それが思い出されて、アルフォンスは今更ながらに顔を赤くする。
「エドの事だって好き、シア姉の事だって好き、………でも…アルのとは…、違うんだよ…言わせるな、バカ…」
 小さく、小さく言った言葉。
 だけど耳には微かに届いた。

「ぼくも」

「ほんとに?」

「うん…。だって…ぼくだって誓ったろ…?」
「……」

 ――――かあああああ…。


 ――――ああ。なんだ。同じだったんだ。
 なんで、今日ずっとこんなんだったんだろうね。

「バカだねえ、アル。…私のことなんて気にして」
「……………」
 むっ。…ちょっと機嫌が悪そうな顔を作ったのは、やっぱりちょっと機嫌が悪かったから。

 なんとなく、
 なんとなく、…自分以外に向いていそうなのが、…イヤだった。

「ご飯にしよ?」
「ああ」

 ――――ところで。
 『好き』より『私はアルがいれば幸せ』の方が…言いにくくない?…と心の中で疑問を投げかけたアルフォンスだった。






意味なく長い(笑)。

ある方に「サエナは直球で物を言いそう」みたいなことを言われ「アルがいれば私は幸せだよ」
…という言葉をいただきました。

2005.12.03



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