図面ケースの中


「へえ…すごいね」
「感激〜!ありがとうっ」


 『これ』が今日の騒ぎの引き金になるなんて、このとき誰が思っただろうか。




「おはよう、あれ、早いね」
「なんだ遅刻魔」
 いつもなら遅刻ギリギリの研究仲間の一人がもう来ていた。彼は頭を掻きながら笑う。
「はよ、エルリック、ハイデリヒ。…いやさ、財布忘れたらしくてさ、朝探してたんだ」
 ひょい、とその財布を見せる。
「はは、見つかってよかったね」

 なんてことがない朝の研究室風景。このまま夕方までここでロケット工学の研究するのが彼らの日課だ。
「アルフォンス、オレの図面くれよ。お前のケースに入れてあるだろ」
「ええ、ちょっと待っ――――」


 肩から図面ケースのベルトを下ろし、蓋を開けて……。

「(な、なんでっ!??)」
 図面とは明らかに違う素材の紙。
 開かなくてもそれがなんだか分かったアルフォンスの手が止まった。


「アルフォンス?」
「あ〜。ちょっと待っててくださいねっ…」
「ハイデリヒ!この前預けた書類だけど…」
「ああ、それも……今日、持って来てる筈……だったんだよね……」

「「筈?」」

 エドワードと仲間の声がハモった。

「なんだ、忘れたのか?珍しいな」
「ええ、…時間、まだあるんで取りに行って来ますよ…はは」
 ぎくしゃくと妙な動きでケースをまた肩に掛け直し、扉の方へ一歩。
「…?何だよ、何か入ってんじゃねえの?紙っぽいの見えたぞ」
「だから、これは〜…」

「「…………」」
 にやり。
 二人の顔がからかいモードの表情に変わる。
 普通に忘れたなら『忘れた』で済む事なのにこのアルフォンスの慌てようは何かあると踏んだのだ。
 しかも図面ケースの中には何か『見られたくないもの』が入っているらしい。

「ほら、見せてみろよ!!」
「アルフォンス!おにーさんに見せてみなさいって!」
「エドワードさんはお兄さんじゃないでしょうっ!??サエナみたいな事言わないで下さいよッ」
 年上なら『兄』だったり『姉』だったりするのか!?と心の中でツッコむアルフォンスだった。




 ――――その頃、アパート。

「さて、シア姉の手伝いに行こうかな…――――って…あれ?」
 机の上には紙。
「図面と、…資料じゃない…。あれ〜?今日…コレ使うって出してたんだよねえ…?」




「「「あ!」」」

 所変わってもなんとなく同時。
 内訳はエドワードとサエナと研究仲間。



「――――あああ!!絵がないっ!???やだやだ、何処行った〜?」
 さあっと血の気が引くような思い。
 たかだか絵だが、大事にしていたものなのでショックも大きい。




 一方、研究室の奥の部屋。
 奪い取った図面ケースの中身が広げられている。

「絵だ…」
「絵だな。…あ、この子、ハイデリヒとエルリックん家で暮らしてる子だろ?」
「(うわああああぁぁぁ〜)」
 頭を抱えるアルフォンス。




 そして、アパート。

「あ〜…ない、ない!あんな大きいんだから捨てたりしないし……、ええと、ええと」
 記憶の糸を必死にたどる。
「ええとぉ………あ!」



 さて。現在、話題の中心のその『絵』

 先日、アルフォンスとサエナが広場をぶらぶらしていたら、美術を勉強している学生に声をかけられた。
「あなたたちを…描かせて欲しいんです、一生懸命描きますからっ」
 にっこり笑って。
「人物画の練習にお願いできませんか?お時間あったらでいいんですけど…。あの、15分くらいで終わりますから」
「絵かあ…ね。…アル、いい?」
「いいよ?」


 描き終わった紙。満足そうな笑みで未来の画家は二人に絵を手渡した。
 その絵をサエナはとても気に入ったようで………。




「――――ヘンな風に折り曲がらないようにって、図面ケースに入れたんです…」
 時と場所は戻って研究室。
「へえ」
「ほお」
 にやにやとテーブルに頬杖つきながら、アルフォンスの話に相槌を入れる。
 なんとなく尋問されているような気分になってきたアルフォンスは段々、顔が俯き加減になって……肩を落とす。
「あの、アパートに図面取りに行って…きますから」
「いいんじゃねえの〜?」
「エドワードさんっ〜!!」
 とりあえず他の研究仲間が増える前にこの話を終わりにしたい。


 ばんっ。
 向こうで扉が勢いよく開く音。
「お、はようございます〜……誰か、いませんか…?」


「あれ、誰か来たぞ」
「ほーらな」
 やれやれと笑う。
「…この声…ぼく、出てみますよ」


「はあ、はあ…は…。アル…」
「サエナ…?」
 知った顔が出てくると、ふわあっと表情を緩めた。ずっと走ってきたようで息を切らせて胸に手を当てている。
 腕には何枚かの図面らしき丸まった紙。
「これ、…今日、使うって朝……は、はあ……―――んでっ…持って……」
「は、走って来た?大丈夫…?」
「う。うん……で、…アルのケースの……」

「これだろ」

 研究仲間の手には…絵。
「あああっ!!」
「ごめん、ぼくが間違って持ってきたみたいで…」
「……よ、かったぁ……」
 とんっ。
 壁に背を預けて。
 安心した、と息をまた大きくつき、腕の図面と交換した。


「そんなに騒ぐことないのにさ」
 苦笑しながらやってきたエドワード。
「エド…でも焦ったよ、今日使うっていう図面は家にあるし…絵はないし」
「お疲れさん。…そんなに絵が見られるのが恥ずかしかったのか?照れるから面白がるんだろ」
「絵?……うわ。エドも見たの!??」
「…オイ……お前、反応遅いな…ここで広げてるなら見たに決まってんだろ」
「う〜…」
「だから面白がられるんだよ」
 にやり、また意地悪そうな笑み。
 研究仲間も思わずそれにつられる。

「や、めてくださいって」
「………〜っ」


 ロケット工学研究室。
 それから暫くこのネタでからかわれたアルフォンスだった。






「実は図面じゃなくて絵(サエナとの)が入っていて、必死に隠しているアルフォンス」だそうで。

実はプラネタリウムでもお世話になった方です。ありがとうございます。

ヨーロッパ、絵描きさんってたくさんいますよね。
妹が「描いて欲しい!」と言って描いてもらってました。
値段はちゃんと聞いてからやろうね。


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