今日、と言う時間


 『今日』と言う日はやっぱり『今日』しかなくて。
 時計はいつだって同じところを回っていて、…そして、いつでも同じような日が巡って来ているけれど、でも、やっぱり『今』は『今』だけだ。


「サエナっ」
 ばんっ。
 中に人がいることさえ確認する前に扉を開ける。
「よかった、いたっ」
「?何、アル…そんな急いでさ」
 確認するような心配もなく、そこにはいたけれど。

「――――ええと、……けほっ、ごほ」
 カバンを下ろす間も惜しく、息を切らせながら咳き込み、胸に手を当てる。
「ほら〜、走って来たからだよ…。何処から走って来た?」
「ごめん…」
「今日、遅かったね。お疲れ様。…エド、部屋だよ」
 ここ最近、夜遅くまで研究室にいることはそんなに珍しいことではなくなってきていた。
 サエナは咳き込み始めたアルフォンスに駆け寄り、カバンを肩から下ろす。
「出かけよう、エドワードさんには内緒」
「は?」
「いいから、早く!時間、ないんだ」
「へ?」
「ほら!早くっ!」




 晩秋、真夜中の……マリエン広場。
 夏場だって夜中は冷えるのだから晩秋とくれば…とても寒い。
「……急かせたね、ごめん」
 懐中時計をポケットから出して、何かを確認してから安心したように息をつくアルフォンス。
「…いいけど」

 ――――いいけど、どうでもいいけど。寒い。

「………〜ッ」
 無意識に両腕が自分を抱きしめるように回る。
「あ…ごめん」
 もう一度謝り、ジャケットをサエナにかけようとして――――…押し返される。
「いいの。アル、自分のは自分で着てなさい」
「よくないよ…!」
「カーディガンは持ってきたから平気だって」
「…………」
 納得がいかないような顔をするアルフォンス。
 息をつきながらサエナの後ろに回り。

 きゅ。

「んっ…アル、二人も上着に入れるほど私、小さくないし」
 顔を真っ赤に染めながら強がり。
「まあ、身長は高いよね」
「く〜!…うるさいな〜!!じゃあ放せばいいじゃんっ」
「…ぼくが寒いから…いやかな」

「で…?ここに連れてきた理由は?」
 気を取り直して、聞く。

「もう少し、……もう少し」
 サエナの目の前でアルフォンスの手に収まっていた懐中時計が、ぱちん、と開かれる。
 意識するわけでもなく、自然に視線は懐中時計に。

 ちっ、ちっ、ちっ……。
 秒針は二人の目の前で小さく、小さく時を重ねていく。

 57、58、59………。

 リーン、ゴーン……。


「12時」
「あ…………」
 マリエン広場には大きな仕掛け時計がある。ドイツ最大と言われる仕掛け時計だ。
 人形がくるり、くるり、と回り、今の時を告げる。

「…知ってた?この仕掛け時計の人形、夜でも動いてるって」
「知らなかった〜…」
 真夜中の闇の中で、人形が周る姿はとても幻想的で。
「ぼくも最近知ったんだよね、…夜帰りが遅いから」
「あ〜なるほど」
「昼間はみんな見てるけど、こんな夜に観客がいないなんて悲しいよね」
「…うん」
「サエナもそう、思ってくれる?」
「そうだね……動いてるんだもんね」
「ぼくの為に動いているわけじゃないけど…」
「あ〜、でもさ。きっと今は私とアルの為に動いてるんだよ〜なんてね…」


「……誕生日だから、今日、…今、日付が変わったときに見せたかったんだ」
「!」

 振り向こうとして、それは失敗した。
 回っているアルフォンスの腕が少しきつくなったから。
「……聞いて?」
「いいよ」
「……………――――〜ッ…」

 時計の鐘の音がやんだ。
 今、ここに生きている人がいなくなっても、きっとずっと変わらず時を刻んでいく大時計の音。
 それの『今日』の音がやんだ。

「アール…?」
「やっぱり、いいよ」
「……いいよ〜。アルがいいならそれでも……」
「…………ん」



「ありがと。…時間、こんな風に感じたこと…なかったよ……」
「……ぼくも、かな」



 手を繋いで、のろのろと、ゆっくりとした歩みでアパートに戻る。
 路地裏には物乞いの姿や、ジプシーたちがいて、治安がいいとは言えないから…警戒だけはしているのだが。
「………アル?」
「うん?」
「たまには私、知ってるんだよね」
「何が?」

「あのからくり時計、ああいうの好きだからよく見てたんだ。…上の段が領主の結婚式」
「下の段はペスト流行が終わった喜び、でしょう?」
「あ〜。先に言うなよッ」
「ごめん。…でも、子供でも知ってるよ。それ」
「そうだよ〜、お店に来る子に教えてもらったんだもん」
「―――ははっ」
「ふふ…」


 あの時計の『さっきの時間』を二人占めしたのは二人だけのヒミツ。
 それは、これから先何年、何十年経っても、変わらない。




さて。長編で好評(?)でしたあとがき資料の時間です。

マリエン広場の新市庁舎、仕掛け時計は1867〜1908年に建設されました。

…で、24時間ずっと人形が動いているわけじゃないです。11時と21時(5月〜11月は12時と17時)です。
真夜中は動いていません(笑)。
鳴っている時間、回っている時間は結構長いです。

書き終わる直前に資料見て知ったんですが、結婚式と病気の終焉の喜びの時計だったんですね。
なんだかアルにぴったりだなと思ったのは私だけでしょうか…。
だからアルが「やっぱりいいよ」と言ってるとか。
*ただし、他の資料では「病気の終焉」とは書いてありませんでした。
実際の時計は確かに踊っているような感じだったんですがね。



さて。妹が毎年12:00キッカリに誕生日メールを送ってきます。
2003年くらいまで遡ってみてみたらかなりおかしかったです。
『個人メール(レイアウトに笑える)』と『キャラなりきりメール(今年はハイデリヒ)』を頼んでもいないのに送って来ます。
実はこの小説の元はその『ハイデリヒメール』から来てます。


おもしろいので以下、『個人メール』一部抜粋

誕生日あっぱれ('A`)
誕生日マンセー(゜ε゜)
誕生日ペルファボーレ(・∀・)
誕生日−−−−(゜∀゜)キタ−−−!
誕生日(´Д`)ハアハア


…意味分からん。私の妹。


キャラの誕生日考えるのがめんどくさくて(オイ)自分のにしてます。そしたら忘れないし…。雪降るし。
身長はばっちり考えてるんですが(何)。

「ヒミツ」は黙って出てきたこと。時計の音を二人占めしたこと。

挿絵

2005.11.26



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