『街の見える丘』



 ――風が通りぬけていく。風は都へと流れ、街の繁栄を約束する祝福の光となる。

「西の風か…」
「…え?」
「昔、そんな話を聞いた。…繁栄の風だって」
「……私、風でもいいって思ったことがあるんです。…この都が見えるなら」

 エスナはロクスの言葉に笑って答え、両手いっぱいの花束を手向け、…それを撫でた。
 膝をついている目の前には十字架。その真下に石板があって、文字が刻まれている。
 一番よく見えるところ。エクレシア教国・聖都だ。
「はは。…何もこんなところに。…前代未聞だぞ」
 そう呟いたが、言葉とは裏腹にその顔は笑っていた。
「ま、らしいと言えばらしいか…」



「ロクス…」
 怪訝そうな顔をして…周りを見て、ため息をつく。
「何か?…副教皇もどうです?」
「――…借金は減っているのだろうな」
「ええ、多分」
 軽く受け流してロクスはビンを傾けた。
 なみなみと注がれる赤いワインに副教皇はまた眉をひそめた。
「わ、わかっているのか…?」
 勧められたグラスにとりあえず口をつける。

 …いや…実は分かっていないのは自分だと思う。今のロクスは昔とは同じだけれど…違う。それは幼い頃から見てきた自分がよくわかっている。
 根本では変わりないけれど、物の理解のし方――というのだろうか、そういうものが変わってきた。それは喜ばしいことだろうけど。

 薄暗い酒場の中、時間が経つに連れて多少はそこに慣れてきたが、この喧騒にはなじめない。
「! …まさか、エスナも連れて来た事があるのか?」
「ええ。ま、あいつは飲めませんけどね、…何度か。連れてきたと言ってもあれは付いて来るという表現の方が近いですよ」
「……………」
 ――…場違いにも程がある。副教皇は思わず頭を抱えた。
「…(けど、エスナならついていくのだろうな、何処でも。でなければロクスが大切に思うようにはならんか…)」

 今までやろうとして出来なかった。いや、やろうとしていたかも疑問だ。数年前のロクスを分かろうとして、でも…ロクスから見れば頭から否定されているようにも感じたかもしれない。

「…ロクス。あの子を……泣かせるな」
 心配かけるな、と言いかけたが、止めた。
 あの娘は心配する子なのだ。それに、その分ロクスを想ってくれているのは良くわかっている。
「…覚えておきます」

「―――…それと、ロクス。……これはお前たちへの頼みだ」
 そう、確かに笑っていた。





「ロクス?」
「ん、ああ」
 呼ばれたことに気がついて我に返った。エスナを見下ろしついでにその花束に目が行く。
「なんだそれ。やけにいろいろまざった…」
「ええ。今日、副教皇様のお墓参りに行くって言ったらみんなが持ってきてくれたんです。私は地上の風習にはまだ疎いんですけど。こういう方がいい気がしません?」
「ははっ。…なるほどな」
 エスナはもう一度手を合わせ、立ちあがって景色を目いっぱい映した。

「…また、来ますね」
「君が来たらうるさくってしょうがないんじゃないのか」
「むっ、どうしてそんなこと言うんですかっ!」
「まんざら嘘でもないだろ」
 丘を下る途中、もう一度振りかえった。
 

 ――聖都が一番見渡せる丘の上…風が見えるところに、私を置いてくれないか。
…それは一番の贅沢だと思っている。
ずっと大事な子供たちを見ていられるのだから――


街の繁栄を約束する風は、これからも、ずっと――。




副教皇様が…死んでしまっています(爆)。これの続きみたいなものでしょうか。
ところで「西の風は繁栄を〜」ってのはワイルドアームズ(1)をやったことがある人なら知っていると思います。
確か西だった筈…。

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