『分かつもの』


 怖いくらい無表情の自分がいる。
 何かを言われているのだけど、聞こうとはしているのだけど、右から左にぬけていっているようで。
 聞きたくないからではない。聞きたいのに、頭がどうにかなってついて行かないのだ。

「(どうして、こんな時でも…)」

 ベッドの上でうわごとのように繰り返す言葉。
 以前のロクスなら、お小言ばかりだよ…と嫌な顔ばかりしていただろう。けれどこれは、全て『ロクスが心配だったから』出た言葉だ。
「(僕は今まで…ちゃんと聞いてなかったんだな…。こんなにも、僕を心配していてくれた人が…傍に居たんだ…)」

「…もう、分かりました。副教皇。…僕は…あなたの…」

 だから、もうしゃべらないでくれ――。
 こっちだって口を開きたくないんだ。
「…………」

「――そうだな、今更…私が言う…事もないだろう。お前は、もう…」

 副教皇は一度目を閉じて、それから再度目を合わせると微笑んだ。ロクスはそれに思わず目を逸らしてしまう。
 深いしわが刻まれ、先日までとは明らかに違う、弱々しくなった手。
 治癒なんてしようものなら、きっと直ぐに息を引き取ってしまうだろう。もう身体が治癒を受け容れるほどの力がないから。
「(そうだ、ずっと僕の為に…)」

「ロクス…」
 こんな時でも耳が痛くなるような説教じみたことしか言えない自分。
 いや、言いたい事を言ってしまったら、この子は困ってしまうだろう。この子は、誰よりも優しい子だ。
 涙で何も言えなくなるから。

「…………呼んできなさい」
「…わかった」




 礼拝堂のいつもの場所で手を合わせている。
 天使の像や十字架が一番よく見えるところ。その光が落ちるところ。
「…………」
 時折、天使の像を見上げて何かを呟いていた。

「…エスナ! ここだったのか」
「ふ、副教皇様はっ…!?」
 見上げて。そう切羽詰った声が室内に響く。
「…呼んでいる。早くしろ、時間が惜しい」
 立たせて腕を引くが、一歩も動こうとしない。
「おい!?」
「いや!行きたくないです!!」
「エスナ」

 どうして?先程まで『会わせて』と叫んでいたのに。

「だって、……だって…」
「とにかく来るんだ。我儘を言っている暇がない」
 その手を振り払って、数歩下がる。
「私!行ったら、きっと魔法っ…!レミエル様にお願いしちゃう…!!……怖い…いやです…!!」
「……………」

 どんなすごい人間だって、死者を蘇らせる事なんて出来ないことは分かっている。
 死の翼からは誰も逃れられないことも……。
 分かっているのに。誰もがそう望んでしまう。

「僕が止めてやるよ。エスナの魔法。…大丈夫だから、一緒に行こう…」
 声を落ち着けて、そう言う。
 髪を撫でた手にエスナは手を重ねた。



 死の翼は突然現れて。
 でも、残酷に見えるそれも、実は。
「ロクス、エスナ…」
 礼拝堂に現れた副教皇。元気な姿のまま、見慣れた法衣姿で、
「!」
「副教皇…様」
 立つことも出来ない程、弱っていたのに。確かに、そこにいて。
 静かに二人の前まで来ると、微笑んだ。
「副………!」
 ロクスは何かに気がついたようで、目を逸らして、深呼吸を何度かした。
「……………」

 副教皇は二人の手を何も言わずに握ってきた。
 確かに暖かいのに、頼りない感触。

「怖い、嫌な事程よく覚えているものだ。…ロクス」
「…はい」

 もう、何を言っても駄目だと分かったから。

「お前の迷い、苛立ち。…怒り…それはいつになっても忘れられないだろう。でも、それに代わる大きなものを手に入れた。それによってふっ切れた…」
「………はい」

「…エスナ」

 歯を食いしばって、泣かないように下を向いたまま。握られている手を見つめたまま。
「記憶の中の怖かった寂しさも、もう癒されている筈だ。…自分の子にはそのような思いさせたくないと言った事、忘れるな…。どうか、ロクスと共に歩んでやってくれ」
「分かってます!でもそんなこと、今…言わないでください……私っ…副教皇様と…お別……はっ」
「死が怖い事ではないのは、お前は知っている筈だ。…何、少しばかりのお別れだよ。ほら、顔を、笑った顔を見せておくれ」
「それでも……っ」
 微笑んで、手を離して、今度は二人の肩を抱いた。
「私の 愛する 子らよ…」


――……この子達の行く先に、神の祝福があらんことを…――




 がしゃんっ!!
 途端に、廊下が騒がしくなる。何人かが走る音、何かを急かす声―――。

「…………」
 ロクスはその騒ぎを人事のように聞きながら、未だに手に残る温もりを握り締めた。
「…よく、魔法…我慢したな。僕の出番などなかった…」
 壁に凭れて座り込んで。
「副教皇様、ダメって言ってたから…」
「泣いてもいいぞ」
「それもダメです。ロクスが…泣けなく……なっちゃいます…」
「……ふん」
「……………」

「ちゃんと見てたんだな、副教皇は……」
「はい…」
 ロクスの隣に座ると、天井の天使の絵を見つめた。意味のないことを考えて、泣かないようにしているのに、それが出来ない。
「天界。……レミエル様、どうか、よろしくお願いします……」

 ふと、膝に重みを感じて視線を戻す。
「ロクス…?」
「バカ、動くな…」
 押し殺したような声でそれだけ言って。
「……。泣いて…くださいね…?……今は泣いて…明日、ちゃんとお見送り…できるように…」
 そう言いながら、零れてくる涙をぬぐって。覆い被さるように抱きしめた。
「ロクス…」
「……」
 こうしていると、広い肩が小さく震えているのが分かる。エスナはその背に顔を埋めるようにして呟く。
「答えなくていいから、…そのまま聞いて下さい」
「……」
「あのですね、副教皇様への…ロクスの気持ちは、私、ちゃんと届いたって思います…」
「……ッ」
「見えるんですよ…ッ。……こんなにも、柔らかい…だから、だからね…ロクス、どうか心配しないで…」
 見上げている天井には、確かに天井しかないのだが。
 だが、そうだ、確かに見える。
 ぱたぱたと零れ落ちてくる雫をロクスは頬で受けながら「僕にも見える」と呟いた。
 この空気は確かに、そうであろうと思う。





 ――……ここに眠る――

 石板に刻まれたその名を指でなぞるようになでながら。
「(もし、お父様がいたら――…こんな感じだったのかも…)」
「エスナ? あーあ。また来てたのか。ったく副教皇も幸せ者だな。僕をほっといてエスナを独り占めか。ちっ」
「もう、ロクスは。 天界で……幸せでいますよね。副教皇様…」
「ああ…。きっと我儘息子とうるさい娘に解放されて悠々としているかもな」
「ふふっ、なんですかそれ」



「私、死の翼でロクスと分かれるまでは…」
「……」
 見上げた目が愛しくて。花を持ったまま抱きしめる。
「君は天使だろ?そんなの関係ないだろうが」
「……こういう時だけ天使にするんですか」
「いや?…君が天使だったという事実は変えられないだろう?そればっかりは僕も無くせとは言わないさ。それに君の翼は無くしたんじゃなくて僕が半分預かっただけだしな」
「まあっ…もう。じゃあ勇者様?ちゃんとお守りくださいね?」
「残念だったな。僕は天竜を倒した時点で勇者としては任務完了しているんだよ」
「えー。なんですかそれ!」


「分かれるだと?…死の翼なんかで僕と分かれられるのか?…君は」

 囁かれた声に目を細め、ちらちらと舞う花びらに手を差し伸べて。

 いいえ。見つけます。絶対…。




通常EDが副教皇様の死だったので。作ってみた。
どうしてもこんな感じになるねえ。って毎回言ってるけどそうなんだもん〜。
副教皇様FC(仮)発足中(謎)。
あるマンガで「二人をわかつものが死の翼のみであらんことを」ってあったんですよ。
「あ、いいな〜」と思ったんだけど、流石、元天使。見つける気です(笑)。
それと、礼拝堂の最後のエスナの科白…どこかで聞いたと思ったら自分で言ったことだった…。

今回もさやさんの小説エスナが引っ張られてます(笑)。にやり。
こないだまで『未来の〜』のマンガ描いてたので。

続きらしきもの。

挿絵

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