第1話:物語が始まる年
そう、彼女は笑いながらよく二人に言っていた。 エドワード・エルリック。彼のあの物語とはまた別のお話、 「彼女」が生きた話――――。 ――――1921年 ミュンヘン。 「ただい……あれ、グレイシアさーん…?……出かけたのかな。ま、いいか、ここに置いておけばわかるだろ」 青年は花屋の店先をちょっと見回してからテーブルに包みを置いた。 金髪碧眼。背は少し高め。優しそうな印象の青年はアルフォンス・ハイデリヒと言った。 彼はそのまま、特に意識することもなく二階へ…自分の部屋に向かおうとして、ふと、廊下に逸れた部屋に視線が行った。 本当に、ふと。 ――――少し暗めの栗色の髪。肩よりちょっと長い、柔らかそうな髪。 瞳は現実を映していないかのようにヴェールがかかっているように感じる。 固く握り締められた両手。 少し薄暗い部屋なのに灯りもつけずにただ、テーブルに向かっていた。 「?誰だろ………君――――ッ?…わッ」 後ろからかばんを引っ張られたから、アルフォンスは彼女に話しかけられなかった。 そのままその部屋が見えなくなるくらいまで、少し離れる。 「とっ。…グレイシアさん、今帰ったんですか?頼まれた物ならそこに…」 「ああ、ありがと。アル。……あのね、あの子、私の親戚の子なの」 「そうなんですか」 「ちょっと、事情があって…暫くここで面倒見るからよろしくね。仲良くしてやって」 「はい」 「……あ、そうだ!」 グレイシアはそこでぽんっと手を叩いて。 「ね、アル。…ちょっと時間もらえない?」 「大丈夫だよ、このあたりは」 アルフォンスは笑いかけながら数歩後を歩く彼女に話しかける。 「ん…」 「………はは」 実は話しかけたのはこれきりではない。その度にアルフォンスは困ったように笑い、次の話題を探すのだが、不思議と面倒だ、とは思わなかった。 「そうだ!…何か食べる?…そうしよう!」 ちょっと上を見て、思い出したように。 「え?…あ」 「実はさ、ぼく、お昼まだなんだ。お腹すいちゃってさ。付き合ってくれると嬉しいんだけど」 半ば強引に近くの食堂へ誘う。 そうすれば、何か食べればきっと落ち着くかもしれない。 アルフォンスなりに考えた結果だ。 「サエナはさ、グレイシアさんとはイトコなんだよね」 テーブルに出されたパンとソーセージに手をつけながら、できるだけ暗くならずに。 栗色の髪の彼女はサエナ・ルドフィーガと言った。結局アルフォンスが聞き出せたのはそれだけで。あとはグレイシアから聞いていた。 「うん。……あ――――。…私のこと、聞いたんだよね」 「…ああ、ごめん」 「うんん、…ごめんね付き合ってもらって。シア姉に頼まれたんでしょ」 「とんでもない。食事に付き合ってもらってるのはぼく。…さ、サエナも食べて、ここのソーセージおいしいんだよ」 「うん、ありがと」 ――――1920年、北イタリアの小さい町。 1920年から1922年のイタリアは革命前夜とも呼ばれる激動の時代だった。戦後の混乱で職を失い、小さい一揆が多発していた。 サエナは家族とばらばらになってしまい、親戚のグレイシアが引き取ったというわけだ。 グレイシアは花屋の他、小さいアパートをやっていて、そこにロケット工学を学ぶアルフォンス・ハイデリヒが住んでいる。 年が近いから打ち解けられるかも、とグレイシアは考え、サエナを町へ連れ出してくれと願ったのだ。 「じゃあ、アルはロケットを飛ばすの?この空に」 「ああ。空の向こうの宇宙までだよ」 「宇宙……?」 薄荷色の瞳を大きく見開いて大空を仰ぐ。 「そう。星の世界だね」 「…………そんなこと、考えたことなかったよ!空の向こうなんて…!」 食事の後、広場まで来た二人は、適当なところに腰掛け、そんな話をしていた。だいぶ打ち解けられたか「会話」になってきている。 どうしてこんな話になったのか、なんてことは覚えてないけれど。 「それがぼくの夢さ」 その後、ロケットの話を出されたアルフォンスは思わず普通の人が分からないような専門用語まで出し始め話しを展開させていく。 「!……―――ッ」 「アル?」 「ご、ごめん!!…こんなこと話しても分からないよね」 「ふふ。いいよ。……すごいなあ。……星の世界かあ…」 「そう、この地球よりずっと広いんだ。…何処まで続くかわからない」 「……………」 「いつか、いつか、飛ばしてみせるさ。その時はサエナも……」 アルフォンスは見上げた空から視線をサエナに落として、それから言葉が止まった。 サエナは先ほどまで一緒に見上げていた空から視線を外し、俯き両手で顔を覆っている。 「ねえ、アル…―――――そしたら……。もう、戦争とか、そういうのないかなあ…?」 「サエナ…」 「そんなに広いんだもん……ないよね…?」 アルフォンスを見つめる瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。 「…ああ。ないよ、きっと……」 「うん………」 ―――そうだね。 小さくそうつけ加えて、また空を仰いだ。 「じゃあ、それも私の夢」 「?」 「アルのロケット。……頑張れよッ!アルフォンス・ハイデリヒ!」 「ああ。約束するよ、サエナ・ルドフィーガ」 いたずらっ子のように笑い、アルフォンスに笑いかけた。 意味なくフルネームを呼び合って。 |
とにかく…遊んでいます(笑)。 流石イタリア好き、出さないと気がすまないのか自分。 とりあえず試験的にアップですので、続きが読みたいというお話があれば、続きをアップいたします〜…。 感想、お待ちしております。 TOP |