『その力を使う時』 ―前編― 『解かってあげよう』…って、思っていた。でも、そう言うんじゃない。 『考えて』解かったことはきっと『本当』じゃない。『自然』に理解すること…って言うのかもしれない。 …だってこれは計算じゃない、『人の心の』事だから――。 「天使様あ〜……どうしたんですか〜?…元気ないですう…」 フロリンダは恐る恐る…といったように小さく声をかけた。…その先には机に向かっている見なれた翼。 「……ん〜…」 エスナは髪を少し揺らしながら振り向いた。その表情は、少し困っているような顔。 「追い帰されて……でも、もう一度行ってみる…けど」 苦笑しながら机の資料をとんとんと揃えた。 「…天使様、ロクス様のところに行くと〜…だいたいそんな顔してますう」 しかし、その反面、嬉しそうにしている時があるのも事実。 「えっ?」 「ケンカしちゃったんですう?天使様、勇者様の前じゃいつも笑っているのにい…」 フロリンダのそんな発言に少しきょとんとした顔で目を開いて。それから笑った。 「大丈夫…ですよ。フロリンダ」 ――早く帰れ!!―― それを聞いたときの、一瞬見せた表情。 「………関係ないっ」 町の繁華街を抜け、街道に入ってきた。石畳が延々と続く真っ暗な道。 「くそっ…」 立ち止まって、額に手を当てる。 今日の、任務の事――。 「よかった…もう大丈夫」 治癒を受けた鳥は直ぐにエスナの手から飛び立っていった。 荒れている町からごく近い街道での戦いだった。それで道の脇で翼を痛めている鳥を見つけたのだが。 ――あのとき、どうして手を出せなかった? 『お疲れ様です』…と言うエスナさえイラついて、あんな風に怒鳴ってしまったのだが。 「なんなんだ…一体ッ…!!」 額の手が前髪を掴む。…何が気に入らないかはわからないが、気に入らなかった。 自分でも痛いくらいに握り締めていたこぶしにそっと他の手が当たる。 「…………ナ」 手を握ってくるなんてことはあまりしない。でもそれをさせたのはロクスが今までと違う苦しみを持っているように見えたから。 「ロクス……」 「どうして、戻ってきたッ…」 その手は今の自分には心地よかったのに、それを無理に振り払い、エスナから見えないように顔を逸らす。 「はっ…」 「…?」 「ははっ……」 「ロクス…?」 「君の勇者が一人減ったようだぞ。良かったなそれがわがままな僕で」 「――……何…を 言って…?」 「僕の力と君の治癒魔法は違う。魔法力とかそういう類のものじゃない」 笑うのをやめて、息をついて。ロクスは未だに何を言われているかわからないエスナの前に手を突きつけた。 「僕の願いが叶ったわけだ…ッ」 「手の…力……?」 ――必要ないよ、今の僕には――……と、言ったことがずっと昔のようだ。 「天界の言う勇者とやらは…『特別な力を持つ者』だろうしな…」 「! 違…」 エスナの声は届かなかった。 自分が前に言った言葉でさえ、届かない。ロクスはそこまでやっと言うと手を下ろした。 「もう、『僕に』用はないでしょう?天使様?」 穏やかな聖職者の声音で微笑んで言った。 ――石畳を歩く音が好きだった。でも今の音は冷たく耳に付く。 自分の横を歩いて過ぎていくロクスを暫くの間、追えなかった。手の力の事ではない、もっと別なもの。それから飛ぶのも忘れてその見えなくなってしまった背を走って追う。 「ッ…き…ゃっ!」 石畳の小さい溝に足を取られて自由を失う。もう法衣の姿はとっくに目の前から消えていた。 「ロク――…ッ………ごめんな…さい……ッ。………そお…じゃないの…って…言いたかったッ…のにっ……」 ぎゅうっとこぶしを握り締める。 「力だけじゃない……そんなんじゃない…私にとって……」 ――理解するのが怖くて、追えなかった。 |
なんか、ふと「ロクスの手の力が消えたらどうだろう??」って思ったんです。 よく「いらない、こんな力は」って言っているから。 NEXT |