その力を使う時』 編―



 ――――この前知った。
 自分の勇者の中には1000年前も戦った勇者となんらかの関わりがある者がいると。
 …でも、できることなら…セシアにも、そうじゃない方が……よかった。
 二つの記憶を持っていなくても、前の戦いの記憶なんてなくても、私にとっては大事な人たちなのだから。

 ロクスが初代教皇の影を持っている(らしい)と言うことも、例え天界にとっての勇者を見つける目印が『癒しの手』ということでも……私にとってはそれが『勇者の証』なんて思っていなかった。
 ロクスに限らず、他の勇者だって同じ。

 ただ、ロクスの手は大好き。からかい半分に髪をくしゃくしゃとしたときも、手を握ってくれたときも、すごく…安心できて。
「……どこ…行っちゃったんでしょう…ロクス」



「あのお〜……」
 フロリンダはぺたんっとテーブルに座って、上目遣いで見上げた。
「ど〜しても天使様に言っちゃだめなんですかあ?ロクス様見つかった〜…って」
「しつこいぞ」
「でもお……フロリン早く…」
「…………」
「早く天使様を安心させてあげたいんですう…」
 『天使』と言う言葉に過敏に反応し、今までグラスのみに止まっていた視線をぎろりとフロリンダに落とす。
「…うう…ロクス様あ〜…」
「ふん、エスナの為か?……僕はもう関係ないと言っているんだ!お前も早く『天使様』や『他の勇者』とやらの所に帰ったらどうだ!」
「〜ッ……」
 ぼろぼろと大粒の涙が零れる。
「ふ…ふええっ……ひ、ひどいですう……ロクっ…さま…っ……だって…」
「うるさい!手の力がなくなった今……」


 ――何が自分を留めておけるんだ!?――


「…俺はお前らとは関係ない!!どうなろうと知ったことか!」

 あんなに嫌っていた手の力。自分の幸せまで奪ってきたようなこんな力。
 こんな勇者になるまでは…本当にいらないと…思っていたと思う。でも、あいつに会ってから……。
 意味がわかりかけた今は――。

「天使様は…そお…思ってない…ですうっ…だから…だからあ…」

 手の力の使い方さえわからなくなってきていた。
 …どうしたら癒せるのか。いや、そもそも何故これが『癒しの手』と呼ばれているのか…本当に『自分の』力なのか…そんなことを考えていたら、突然使えなくなった。


「……………」
 ロクスは未だにテーブルの上でひくひくと泣いているフロリンダを置いて薄暗い酒場の中、機嫌悪そうに扉を開けて外に出た。
 夜風はあの街道のときのように冷たかった。
 使えなくなった力、…それがわかってから数日経って…何かに対して手を翳すこともなくなっていた。
 ――怖かったから。




「(何か…おかしい…?)」
 少し、街道から中に入った森の中。エスナは自分の手を繋ぐ小さい手にちらりと目を落とした。
 ――先刻。
「……どうしたの?…迷子?」
 エスナはその子の視線に合わせて膝をつく。
 ロクスを探していた途中だった。その時に街道に子供がいたのだ。流石に放っておくわけにもいかず、町まで一緒に、と言う事になったのだが。
「私と…お母さん探しましょうか?」


「(………まさか…?)ねえ。…『本当に』?」
 どんどん深くなっていく森の中。
「…はあっ。わかっちゃったんだね。でもバカだよ…天使のくせに。勇者もいないのにこんなところで一人でいるなんてさ」
 少し間合いをあけると、子供の姿は見る見るうちに小さいならがも魔物の姿になってエスナを睨んだ。
「っ…」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら襲ってくる魔物。実体がない天使とはいえ、魔の力を持つものの攻撃には耐えられない。逃げ切ることもできず、いくつか傷を追う。
「…しまっ…………!??」

 ざくっ。

「………………」
 頭を抱えていた手を恐る恐る解いて、目を上げる。
「……?」
 目に映ったのは魔物の代わりに杖。それが地面に刺さっている。
「……ったく、世話の焼ける…」
「…ロク…? ロクスっ!!」
 一瞬で力が抜けてふうっと横倒しに倒れる。
 最後に見上げたその姿は逆光で顔が見えなかったが…。



「ロクスっ!!………あ」
「そんなに大声出さなくても聞こえるっ」
「………い…いた…」
 気がついたのはベッドの上。無数のケガは効く事もないであろう包帯が巻いてある。
「ホントに……戻ってきて…」
「勘違いするな、たまたま見かけただけだ」
 フロリンダに無理やり聞かされた、その場所を。まさかあんな風になっているとは思いもしなかったが。

「……私は…何があってもロクスはそれ以外の何者じゃないって…思ってます」
「聞き飽きたよ。…もういいんならさっさと早く出ていってくれ」
「…自分を癒すには逃げないことだと思います」
「ッ…何がっ」
「もう少しだけ、勇気を持って。…泣いていた私にそうにしてくれたように、今度は自分から逃げないで癒してあげてください」
「……意味がわからない」

 ――昔…初めて『癒しの手』を使った時…。一つの命が救えて自分の願いが叶ったって…嬉しかった。幸せだと思った。

「私は……ロクスがこの力の事で…悩んでいるのは…悪い事じゃないと思いますから。……きっとそうに悩まなかったら、手の力は今だって健在だっ…?? ロクス…?」
「いつか、…いつか……バカみたいなやつのことも癒せる…と思うか?」
 翼にまわされた手は癒しの手なんて使わなくてもやっぱり心地よかった。
「……はい」
 戻ってきてくれたその人の背に手をまわす。
「お願いです。…私たちの傍に居てください……」
「ありがとう…」
 ロクスは小さく礼を言う。



 力が戻ったのは、その時だった。
 エスナの背に回した手が、ふわりと光り、その傷が癒えていったのだ。
「!」
「あ…ロクス!?」
「……。全く、騒がせるな、この力は」
 苦笑して、手を握る。

 何故、一時でも消えたのかはわからない。…ロクスにその力が備わっていた理由さえはっきりしないのだから。
 ……でも。

 これからは――…。




…エスナ、向こう見ずよね。
ロクスのスカウト時では「不思議な力を―」って言うでしょう?…あれがあまり好きじゃない。

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