6:三種の神器
ジョルジュの手の中で聖炎弓パルティアがキラと、太陽の光に反射して光る。これ程までに似合う者はいないだろう、と言わんばかりだ。 金色の身体に高貴な白銀のライン。繊細な装飾に守られるように小振りの赤い宝石が埋め込まれている。 三種の神器はアカネイアの国宝だが、この戦争が始まってからは、パルティアはほぼ彼の私物化していた。ゴードンさえ、それに触れた事もない。 「……(だがこいつも、人のものではなかったと言う事だ)」 「ジョルジュさん…?」 「(分からんな、何故許せる?…いや、許してなどいないのか…)」 兄やチキと一緒に暮らしたかっただけだ――…と操られていた時だが、エスナは訴えていた。あれは確かに本心なのだろう。 「パルティア、どうかしましたか?」 「…いや」 「あ〜!ジョルジュのお兄ちゃん!見ーっけ!!」 先程までマルスの周りを駆け回っていたチキが現れる。背丈の低い草花を掻き分けながら二人の直ぐ傍まで来ると見上げて笑った。 「……」 そういえば、チキやエスナの髪飾りの赤い宝石は、パルティアのものとよく似ている。そう、パルティアの赤い宝石をちら、と見やる。 「チキ、どうしたんだい?」 「んっとねー…えーと…。えーと…」 なんて返事をしたらいいのだろう、と身体を揺らし。しかし、回答が見つからなかったと見えて、チキはすうっと息を吸うと、 「エッスナおっ姉ちゃーん! いったよーっ!!」 「……エスナ?」 名を耳にし、その顔が少しばかり戸惑いの色を珍しく見せる。勿論、周りには分からない程度だが。 チキがやってきた同じ方向を見やる。自分の杖と、布に包まれた槍――――グラディウスを手にしたエスナが現れた。 「へへ、チキが見つけたんだよ!」 「おー!ありがと、流石。今回は難しかったねー?」 「ね〜? ねえねえ!次のかくれんぼは誰!?」 「次はねぇ〜。…メリクルソード持ってる人ー!さー、誰かな?……ん、よし。ヒントはね」 「あーだめだめ、わかるよ!待っててね」 「ん、よろしく!」 「はいっ!」 二人、まるで「敬礼」を真似たような手の動きをし、一度ぴしっと背筋を正してから、チキは走り去って行った。 「………。あ〜!チキ可愛いっ!」 「………」 「………」 「ね、チキ可愛いよね!流石私の妹分だよ〜」 チキの後姿を、小躍りしながら見送る。 「……。遠路遥々妹分自慢に来たのか。ご苦労な事だな」 「いや、違うけどね。…でも可愛いでしょ、おっきくなったら綺麗になるよー」 「まぁ、いいんじゃないか」 「あはは…」 「ふふ、じゃあ。改めて!今までお疲れ様。あれからまたすごい騒ぎだったね。びっくりしちゃった。…だからなかなか準備も出来なくて」 お疲れ様、言いながら頭を下げ。 「ああ」 準備?と眉を上げエスナの格好を見やる。 布に包まれたグラディウス、それ以外は特に変わった様子はないが、妙に明るく振舞っているようには感じる。 「……」 「でも、エスナ?…武器、集めてるのかい?」 「いやあ、すごいでしょ。アカネイアの最強武器ここに集まる!みたいな。あはは」 「(変な奴だぜ…)」 「……あ、ホントに集めてるんだ」 「ん、それで早速本題なんだけど、ジョルジュ。パルティア…私に託してほしいの」 「………」 「エスナ?」 ゴードンが聞き返した。 「このコたちと封印の盾をラーマン神殿に置くつもり。元はそうだったんだし…、封印の盾の守護者だと私は思ってる。…で、いろいろ考えたんだけど、これからの大陸を考えるとやっぱりそれがいいのかなって」 「! でも、それは…」 「――――ゴードン」 ジョルジュが静かに止める。そんな様子にエスナは困ったように小さく笑って。 「大事にしてるって解ってる…。……ごめん」 「いや、そう決めたなら従うまでだ」 言いながら布を被せ、器用に赤い紐を巻きつけてゆく。そうして綺麗に包み終わるとそのままエスナに手渡した。 「っ …こんなにパルティアが似合う人は初めてだと思うし。…認めている人から離したくはないんだけど」 「こちらの事は気にするな。…ま、元々は神竜のものだしな。こう来るとは思っていた。…お前が封印するのか?」 行為とは正反対の事を言う、と感じたのか。ジョルジュは何処か歯切れの悪いエスナの言葉を「気にするな」と切った。 だが、やはり行く先は気になる、だから、そう問い返し。 「そ。私、とりあえず司祭だし」 「へえ」 「………! あ、ほらほら、司祭の指輪!つけてるでしょ」 そう守りの指に通る細めの司祭の指輪を、ぐ、と前に押し出し。 「…指輪してれば司祭なのかよ」 「もう、そういうこと言わない!……あれ、信じられないって顔」 「どうだかな」 「自慢じゃないけど、これでも私、こういうのは割と強かったんだから。…ま、いいか。ありがとう。じゃ、私、チキ追いかけないと」 「――――…何処でも封印なんて出来そうなもんだけどな、違うと見える」 「!」 ジョルジュの言葉に、肩を一瞬竦ませる。エスナは少し間を置いて口を開いた。 「……。あの時、…助けてくれてありがとう。…あは、「あの時」なんてたくさんありすぎてるけど」 その問いかけのような言葉には答えず。 「…………」 「ゴードン。アリティアに戻っても頑張ってね」 「あ…うん、……エスナも…」 「あれ。それ、矢でしょ? ああ!もしかしてオリオンの矢?」 大事そうに両手で持つそれに目が行く。それは先程ジョルジュから受け取った物だ。指摘され、ゴードンは照れ笑いをしながら答えた。 「うん。まだ…これを使える程じゃないけど。いつか、エスナにも見せてあげるよ」 「ん、期待してる」 目を細めて笑ってみせたその瞳は心なしか潤んで見えた。 「……。クラウスはそれでいいのか」 「! …兄様たちがいなかったらずっと前に私は死んでた。あの…マケドニアの…あれからの記憶…それを――」 がさっ。 まだ手入れの甘い庭の木々や草の間から、同じような色を持つ髪。 その間からひょこりと現れたのはチキ。 「チキ?」 「あれ、貰って来てくれたの?」 「うん!アストリアのお兄ちゃんねー。エスナお姉ちゃんにあげるんならいいよってくれたの。はい!」 その身体には重く、大きいのだろう。がちゃがちゃと鞘を鳴らしながら、まるで全身で渡すかのように伸び上がる。 「そっか、ありがと」 「アストリアも分かったようだな…」 「! 言わないで」 「………」 「? ねえ!チキねー。もう一人じゃないんだよ!!司祭さまもね!寝なくていいって言うの!うれしい!!」 「……」 「ねえ!お姉ちゃんも一緒でしょ!?そうだよね?」 エスナの手を掴み、ぶらぶらと揺らしながら笑う。 「う、うん…、そだね」 「だってね。クラウスお兄ちゃんが言ってたんだ!お姉ちゃんとぉ…みーんなと暮らせって!」 「! そっか…」 「チキね、ちゃんとクラウスお兄ちゃんの声、知ってるんだよ!だって聞こえてたもん」
しかし、1000年間絶え間なく眠っていたわけではなく、時折術が解け、目を覚ましていた時間も少ないながら存在した。 再度眠りの術を使うには(期間が長い魔法の所為もあり)、魔法が発動しやすい刻まで待たなくてはならなかった。 泣き喚くチキを皆であやし、笑顔が戻るとエスナは自分も見たことがない外の世界を想像と、聞いた話を交えて聞かせた。それはそれは明るく優しく楽しい話。 バヌトゥの「御役目遂行の固い顔」が崩れるのもそう時間はかからなかった。チキの前ではふにゃりと顔が緩み、まるで自分の孫が出来たかのように優しく接していた。 そして、兄代わりのチェイニーやクラウス両名も表向きは淡々としていたものだったが、エスナの話しに言葉を付け加えたり、また、チキの為の術を組み立てていた――――。 皆、奥底で想い、願う事は同じ。 いつか、眠らなくても良い時が来るように。そしてその時が、チキや竜族にとってもとても明るい未来であるように…。 そのほんの少しの間、その出来事から、後にバヌトゥがチキを連れ出す結果となってしまったのだが。 「―――〜…っ!」 唇を噛み、声も、涙も堪える。が、目をぎゅっと閉じた時に、透明な雫が陽光に煌きながら落ちていった。 ――――ぱた。 「お姉ちゃん?」 「! ん!ごめ、風強くってね」 「……。チキ、次のかくれんぼはファルシオンを持っている人、だ。…探してそこで待っていろ。後で行くから」 チキの小さな頭に手を置き、柔らかい髪を撫でる。 「…? うんっ!ジョルジュのお兄ちゃん!じゃあ、エスナお姉ちゃんも!後で来てねっ!!」 ――――ぱたっ…ぱた。 チキが居なくなった途端、涙の勢いは増し、芝生に雫が零れ、濡らす。 「〜はっ…く…!」 二人に背を向け、肩を縮め。ここから離れなきゃいけないと足をのろのろと進める、が、身体がうまく動いていないようだ。 「ジョルジュさん…」 ゴードンの顔は「どうするんですか?」と問いかけていた。それから少し考え、小声で。 「僕、行きますよ」 「………」 「エスナを…元気づけてあげて下さい」 「………」 「多分、ジョルジュさんにしか出来ないと思いますよ」 「…は、どうだか」 ゴードンは耳打ちするように小さくそう言うと、ジョルジュの返事を待たずに、今度は少し大きな声で何処となく言った。 「…僕、ちょっと行ってきます」 |
赤ちゃんチキにべらべら話しかける人。 でも話しかけるって重要だよね。 チキの力で剣が持てるのだろうか。…多分持てる、と思いたい。 しかし三種の神器+杖を全て抱えるってのも結構大変だと思うがいかがだろうか。 NEXT TOP |