『雪の降る寒い日』



「ちっ…」
 ロクスは湿っていて邪魔になっている前髪を横にどけて、天井を眺めた。
「あっ、だめですっ!タオルどかしちゃ…」
 その行動を見て、ぱたぱたと走ってくる。
「ちゃんとおとなしくしててくださいっ」
 エスナはロクスの隣に腰掛けて、桶に手を突っ込んだ。
「………………」
 ちらりと横目でその動作を見る。それから視線を他へ逸らす。窓の外は雪が降っている……。
「辛いですか?」
「…………ん…ああ。そうだな」
 そうに言うと素直に申しわけなさそうな顔をするのが面白い。
 今、ロクスはベッドの上。エスナはその隣に椅子を持ってきて座っているわけで。どうして前髪が湿っているかと言うと、その額に置かれたタオルの所為。
「辛い」
「…すみません……私」
 言いながら腰をあげてタオルを取り替える。それから、前髪を少し、ずらしてやって。
「……エスナ」
 額に当たる手が安心できる。
「は、はいっ!」
「そんなに大声ださなくても聞こえるっ!」
「すみません〜…」
 椅子に座る前に布団をかけなおす。
「他の勇者のところには行かないのか」
「いえ…。ロクスが迷惑でなければ…今日はいさせてください。大丈夫です…フロリンダたちに頼んできたので」
「………ふうん」
「すみません、私の所為で」
「………君の所為だからこんなことしているのか?」
 熱がまわってきたからだろうか、自分でもよく分からないことを言っている。
 『エスナの所為』――と言えない事もない。雪が降っている地域で任務をやらされている最中に風邪を引いてしまったのだから。
「!…そんなこと、ないです」
「……………ふん」

 間…。

「そうだっ…あの、…私はお薬とかわかんないんですけど…宿屋の方が出してくれたので…。後で飲んでください」
 今、気がついたがエスナは普通の町の娘の格好をしていた。まあ、この雪でいつもの格好をされていたらはっきり言って怪しい。
「ああ…」
 ふうっと息をついて天井に視線を移す。少し、頭がくらくらしている。
 突如、部屋の中が真っ暗になる。
「!…なんだエスナ」
「明るかったら眠れないですよね。寝てください…少し…休んで……」
「……………」
「吹雪いてきましたね…」
 明かりを消したからだろうか、外の音、外の雪がやけに気になる。窓枠にびっしりとくっついた雪は相当降っていることを教えている。
「寒くないですか」
「さっきからそればかり聞いてるぞ。答えは同じだ」
 もう、ベッドに無理やり寝かされてから3度くらい聞かれた気がする。
「…よかった…」
 目が慣れてきたから、少しだけエスナの表情が見てとれる。寂しそうな顔だったような気がする。
「……?」
 布団の外に出ていた手が暖かい。視線で追うと、エスナの手が自分の手を握り締めていた。
「でも、君は温かいけどな………」
「えっ?なんです?」
 ぽつりと言った声はエスナには届かなかったようで。
「…早く、元気になってください」
「……………」
 少しだけ、『このままでもいい』と思った自分は勇者失格だろうか。まるで人間になったかのような天使がここにいて。
「エスナ…」
 名前を呼ぶと身体を少し動かす気配がする。
「はい?」
 かがんだその背に手を回して引き寄せる。いきなりのことで、布団の端に顔を押し付けるような格好になる。
「!?…ロクっ…」
「今日はここにいるんだろ…?……そこで…君も休んでろ…」
「……………ロクス?……」
 それっきり声が聞こえなくなる。
「……寝ちゃったんですね…」
 エスナは布団を掛けなおすとその布団の隅に両腕を乗せて目を閉じた。




今、暑いです。夏真っ盛り。雪が見たいのでこんな話。
勇者が病気になったら天使はどうするかってなもんですね。病人に必要以上に声をかける天使……(爆)。
ネタ、どっかに落ちてないかなあ。何かない?(おい)

続きが…

BACK