帰るところ』



「…………」
 少し前を歩く元天使を苦笑しながら眺めて。
「とっ…」
 両手を少し動かしながら歩いているところを見るとバランスを取っているのだろうか(違うにしても、ロクスにはそうにしか見えなかった)。

「ロクスっ、早く来てくださいっ」
 くるりと振り向いて笑いかけてくる。
「……。先は長いんだぞ」
「大丈夫です。私、旅は慣れてます」
「飛んでいれば――だろ」
「む…そんなに違いますか」
「同じだと思っているところが恐ろしいな」

 ようやくエスナに追いつくと横目で見下ろした。
「…そ、ですか。でも平気です。ちゃんと歩けますよ、私」
 放っておいたら、『今日はずっと歩いて行きます』という勢い。そんな簡単なわけあるか。ここから聖都まで、どれほどあると思ってるんだ。
「……………」
 見下ろしついでに下まで視線が行く。足が少し震えている。
「エスナ、聖都は逃げたりしないぞ」
 そんなに歩いていたいのか。
「でも…もう、少し…」
「わかったよ」
 仕方ないからまた足を進めた。これくらいなら自分は疲れないが(2年間こき使われたわけだし)、エスナの足はかなり参ってる筈だ。
 それでも嬉しそうにしている。

「なんですか?ロクス」
 ふいっと見上げられると、その動きで首にかかってる赤い紐が少し揺れた。トップには大きめの十字架。陽光を反射してきらきらと光っている。
 自分でしていた時はあんなに光っていただろうか。
「いや」
「そうだ。…今日は〜何処で野宿ですか?」
「はぁ?野宿するつもりなのか?僕は嫌だぞ」
 普通、「どこの町にしますか」やら「どんな宿にしますか」じゃないのか。
「…楽しくないですか?」
「楽しくない」

 楽しいかもしれないけどな。
 この先どうしようかと考えているエスナを見てるのは面白かった。ころころと表情が変わって。
 胸に当てた手がその十字架に触れると、それを握りしめた。ただ首にかかってるだけじゃないって意味があるように。
「………。……決まりです。街がなかったら今日は野宿ですね!」
「普通、そうだろうな」
 今、考えた意味があったのだろうか。
「ふふっ」
 少し小走りに弾みながらまた数歩前を行く。

「エスナ。…その十字架」
「はい?」
 くるりと振り返って。
 聞こえなかったようでまた、聞きなおす。
「………。 なんでもない。君にやるよ」
「何をですか…?」

 それが、君にとって大事なものになったのなら。
 それに、「返しに来た」なんてあの教会で言っていたけれど。僕は返して欲しくて君に渡したんじゃないんだ。

「ああ、でも…たくさんもらいました。まだもらっていいんですか」
 くすくすと笑いながら。
 僕が何をあげたって?…多分もらっているほうが多いと思うんだけどな。


「…ロクス、空が見えます」
「…………何を言ってるんだ。さっきからずっとあるぞ」
「私はここで暮らせるんですね…」
 見上げて、遠く遠くの天界を眺める。
 空が青すぎて、目を細めた。
 十字架が風に揺れて胸に当たったから、また掴んだ。
「あ、これ――そういえば、返さないと」
「だから、いい、って言った。僕は」
「えっ!いいんですか!?」
 驚いた声で目を丸くしてロクスを見る。その顔がおかしくて笑った。
「…その代り、…僕の傍にずっと居ろよ」
「はい」


 ねえ。帰る所がちゃんとあるって、きっと何より幸せですね。


 そういえば、どうしてさっきから弾んでいるんだ…と思ったら。
「ロクス…明日は………」
 申し訳なさそうに上目使いで。
「明日は…もう少しゆっくり歩いてください……」
「………………」
 追いついて行くより、先に走って待ってる方がよかったんだろうな。とか思ってしまった。




長編では、雪の降る教会で再会したことになってるので(笑)そこからの帰り道。
学園ばかりかいてたら、なんだかわからなくなりました。
そしてエスナの身長は高いのに…ロクスは歩くの速いのだろうか。

しかも続きがあります。

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