第12話:届かない祈り―
――――がしゃん…。 鎖のような冷たいものに縛られている。腕がそれから逃れたいと動く。 「…………辛いですか?…」 ――誰かがそう、聞いてる。
遅れて手に伝わってきた生暖かいもの。 ぱた。ぱた…と、丸い模様が床に出来る 二人の間に落ちるものは。 「エ…スナ…?」 ロクスの手の力が失われると、エスナに握らされていたものが足元に転がった。 「剣…?だと」 「ロク…ス…」 細い手が懸命にロクスを探している。 法衣を掴み、落ちそうになる首を懸命に上げて。 「ごめんね――……天使は……自分では できなくて…」 首に腕を回すと、小さく背伸びして唇を重ねてきた。 「………!」 いや、重なる前に膝ががくんと折れて。慌てて抱き起こすと、もう瞳は光を失っていた。 「嘘…だろう?……僕が!?」 「……ロ クス…」 「そうだ…!動くなよ」 「!」 手を翳そうとするロクスの手を取って、嫌だと言う様な目を向ける。 「だめです…!」 ぱりっ、と、力が相殺されたような光が手を覆った。 「エスナっ!!約束破りだぞ!こんなっ……僕は自己犠牲は嫌いだって言った筈だ!!こんなことしなくても…ッ…他に…方法はっ…!」 「違…」 ロクスの手をつかんで、それを自分の胸の前で抱きしめるようにして。 「…私…そやって…ロクスに……だから、今度は……」 癒してもらっているのが怖かった。もう、二度と離れられなくなるから。本当に約束を破ってしまうから。平穏を与えたかったのに、それが出来なくなってしまった自分。 「今度は!?今度は…だと!?…エスナは普通にも…なれないのか…?」 その問いに答えようとしてか、少しだけ目を上げて微笑んだが直ぐに腕に重みがかかって。 「ロク、……私……は、誰よりも。………」 一生懸命目を開けて、既に何も映してないその視界に映るように願う。 「エスナ!?」 言葉は最後まで紡がれる事はなく、かくんと首が力を無くした。 手が滑り落ち、全く力を失った指先が反動で揺れる。 「!? エ…ス……どうして君がっ!?…なんで君が死ななきゃならないんだ!?」 荒っぽく肩を掴んでいたのをやめて、抱きすくめようとして力を入れた。 「!?」 ――――かつん。 十字架が床に滑り落ちる音で我にかえる。もう自分の腕には何もなくて。あの血の感触も残っていない。今まで重さと温かさがあったのかと疑いたくなる程、腕には何も感じない。 「消……滅? ……何も、残せない のか…?僕から、何故、そこまで奪う…」 いや、違う。それだけではない。 「共に、笑って過ごそうと……約束したじゃないか…。これからは僕が、…守る と…」 『幸せです』と、笑ってくれた。 何故そのような言葉が出てきたのか、そんな経緯は覚えてないけれど。 『………きっと、これから何があっても』…って笑って言った君は、この結末がわかっていたのか?誰よりも、未来と過去を想っていた君が。 「…ッの…やろうっ…!!」 窓からまた、光が落ちる。 天使の梯子と言わんばかりの光が、エスナが居た場所、床のモザイクを照らす。 もう晴れの日はたくさんだ…。こんなんだったらずっと暗いままでもよかった。
|
いよいよ次回最終話です…。 NEXT TOP |