第9話:約束―



 ――――天気のいい日は決まって何処からか子供たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
 いつからか、それが日課のようになっていて、教皇庁の奴らもそれを褒めていた。

 …なんて言っていたか、そんなこと覚えてないけれど。 


 苛つく。
 前髪をばさりとかき上げ。
「………………」
 風は前のように気持ちがいい。あの大鐘の塔もよく見える。
 数日前に来た時は暗さの所為でよく見えなかった景色。
 十字架を握って不安そうにしていた顔。それでも腕に暖かさを感じることが出来た。今の空がどんなにきれいで暖かくても、適わないくらいの暖かさが。
「………わかってたのか?…君は」

 その時、くいくいと法衣を引っ張られ、下を見る。
「んっ?」
「ロクス兄ちゃん」
「…なんだ、エスナなら――…」
「いないの?どうして。何処に行ったの?」
「(こっちが聞きたいよ)」
「約束してたんだ。天気がよくなったらまた遊ぼうって」
「……じゃあ、帰ってくるだろ」
 あれから、避難をしていた国民はもう自分の家に戻っていた。
 あの空の暗さも、魔物の脅威も何故かぱたりと止んだから。
「……。そういう約束は破らないと思うしな」
「うんっ!絶対だよ。あのねっ…お姉ちゃん……帰ってきたら」
「ああ、教えてやるよ。だから、また来いよ?」
「うん!」
 子供はにこっと笑うとぱたぱたと走って帰っていった。

「…………………」
 司教や枢機卿の言葉が蘇る。
 ――――非難されるのは仕方ないかも知れない。でも、今まで褒めていたのにいきなり敵に回るのが許せない。
 エスナも自分のような扱いを受けていることが。同じじゃないか、あの魔石の事件と…。
「ちくしょう…」
 いくつかの怒りが自分の中にある。教皇庁への怒りと、エスナへの。
「約束破りだぞ…エスナっ」
 どうして一言言って行けない?…まあ、僕が許さないだからだろうけど。それでも。
 時折見せる顔が自分の知らないような表情だった。守護天使っていうものを背負ってる姿なんだろうけど。
「僕との約束は守るつもりもないと…?」
 『傍にいます』と微笑んで差し出してきた小指。
「………」
 そうじゃない。『約束を守りたいからだ』って。反論するだろ、君は。

「それでも、破ってるのと同じだ……君のしていることはッ…」



「久しぶりですね、こんなに晴れるのは」
 吹き抜けの天井。遥か遠くに窓がある。そこから差し込んで繰る光と、いくつもの小さい窓から落ちてくる光を眩しそうに見上げながら。光が射すとそこだけやけに明るくなる。
 天蓋はその光を受けて、明暗をはっきりさせる。
「………ええ」
 副教皇は他に何も言わずに短く返事をした。
「やはりあの…」
 司教はそこまで言いかけて言葉を止めた。少し前を歩く副教皇の足が止まったから。
「……。人の所為にしてなければいられないのは分かる。…でも、それが本当に人としてやるべきことだろうかは、そう聞かなくても分かることだ」
 振り向く事もせず、目線はそのままにゆっくりと言葉を紡いだ。
「…………しかし、副教皇。あの娘がいなくなった途端、何もかも元に戻るなどとは…」
「あの子をとやかく言うつもりはない。…人の痛みをわかる優しい子は、人一倍痛みを感じている子だと。……私は、ロクスにそう言って聞かせてきた」
「副教皇……」
「……私は街を見てくる。こんな晴れた日だ。歌を歌っている子が一人くらいいるかもしれないからな」


 気持ちが不安定のとき、いつも握り締めていた十字架は今、エスナの手元にあるのだろうか。
 あの夜に『また会えるように』と首にかけてやった約束の――。




約束ばかりの今回。
これ、アップする前にお友達に見てもらっているのですが、毎回私が考えさせられてしまう感想をくれます。
副教皇様の口調が分からないなあ。


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