第８話：癒しの手―



「ありがとう！おじさん」
「ああ、気をつけていくんだよ。でも早く待っている人のところへ帰ってあげなきゃだめだよ」
「待ってる人…？」
「あんたにもいるだろ。こんなにも可愛らしいんだ」
「私にも…。………。　はいっ！約束してますから」
　少し考えて、にこっと笑った。荷馬車から降りて手を振る。

「乗せてもらっちゃった…」
　旅の途中、優しい人に会えた。私が何者かもわからないのに馬車（って言っても荷物と一緒だけど）に乗せてくれた。世間話をしながらパンを分けてくれた。
「ふふ…」
　きっと、天界にいたら一生こんな思い体験できなかったな。と思う。
「ん！足も治ったし…あと少しで」

　――――聖母の森。


「セシアはいる…かな」
　暗い原生林。
「そうそう、初めてのとき弓を向けられて…」
　どこか暗いのが怖くなって来る。それに負けないように独り言で怖さと寂しさを紛らわした。
　遥か頭上で鳥が木の間を渡る音も、いつもより大きく聞こえて、身がすくむ。森に入ってもこうやって怖いと思ったことはなかった。

　いつも勇者と一緒だったから。

「セシア…」
　エスナが聖母の森に来た理由はやはりセシアと仲が良かったから――という理由もあるが、聖母の記憶に聞こうと思ったから。
　はっきり言えば「それ」はエスナは嫌だった。一人の身体の中に二人の人格があるセシア。その片方に話しに行くためというのが。
「（でも…ラファエル様のこと、きっと、私よりは知ってる…）」
　ロクスに言ってこなかったのも、絶対反対すると思ったからだ。
　天使じゃない自分が旅をするなんて無茶だとか、何より『天使じゃない』って言ってしまったから。
「でも、それだけど天使なのは変わらないもんね…」
　翼の痛みのことは、きっとセシア…ディアナにしか話せない。
「……………」

「あれ……？ここじゃなかった…？」
　何度か見た景色。あの結界のような魔法陣。
「誰も…いない。セシア！？セシア、いますか〜！？」
　しかし、その声も森を木霊するだけで、それ以外は返ってこない。
　暫く声をかけていたが、ついにため息をついて座り込んだ。
「セシア…お出かけでしょうか……まあ、いきなり来てしまったわけだし」
　落ち着いてしまうと考えなくてもいいことを考えてしまうようで。庵の柱に寄りかかりながら空を見上げた。

　やはり暗い空。
「…………」
　うずくまって視線を落として。
「……ロクス」
　名前を呼んでしまってから、ぶんぶんと頭を横に振る。
　頼らないって決めたのがもう揺らいでいると怒っている自分と、温かい手から離れてしまったことを後悔する自分がいる。
「離れるって言っても少しだけだったのに」
　割と寂しがりやなんだなと納得してみたり。
「…………？」

　何か騒ぐ声でふと見上げる。
　ぎゃあぎゃあと大きな鳥――…魔物が騒ぐ声。

「――ッ」
　片手で耳をふさいで、もう片方の手で何かを探る。多分、武器になるもの、と。
「あ…何もない……魔法はダメだし、武器もないし…」
　とりあえず手身近な棒を手にとって。
「……ロクス…ッ」
　『名前を呼ぶだけなら…』のような思考になっていた。名前だけで自分の勇気が少しでも出るなら。
「あ…ロクス…今…どうしてますか？」

　暗い空を見上げる。この空はずっと続いているの…。いつになったら、晴れる日が来るんですか…？





「………………」
　ふわりと舞い降りてきた鳥の羽。
　１年も前はこの青い空から大きい羽が舞い降りてくるのが楽しみでもあった。自暴自棄になっているときも、傍にいてくれた。
　『来るな』と言ってもきかなかった。どうでもよくなっていて知らず知らずにこんがらがっていた心を紐解いてくれた。

「なんで、晴れているんだ」
　恨めしそうに見上げる。眩しい、この季節の普通の空。
「エスナ……今なら…帰ってきてもいいぞ…」

物語は佳境（マジか！？）。
やけに天気が出てくるね。いや、天気ってのは重要ですよ。天変地異とも言いますし？（なんか違う）。

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