第6話:治癒の魔法―



「ねえ、それどういう魔法なの?」
 詠唱をする天使にそう問う、勇者。
 天界では普通の言葉だった、こういう詠唱は地上の勇者にはとても珍しいもののようで、魔法に興味がある勇者などはよくこうして質問してきたものだった。
「ガードの…ような結界の魔法…? ……でしょうか」
「なるほどー、防御ね〜……へえ。私も覚えてみたいな」
 笑って言った勇者。
「でも、ムリかなぁ。人には。だからそういうのはエスナに任せるからねっ!」
「はいっ」

 そう。人には出来ない魔法なのに。



 ――――紡がれる声。癒しを、守りを願う言葉。
 床のモザイクが今度は魔法の光を受けて輝きだす。

「(この、聖都を守ってください)」
 いくつかの光の玉がぶつかり合って散らばっていった。一瞬、光が膨張したかと思うと、急速に小さくなって消える。
「――と」
 よく考えたらこんな魔法かけても仕方ない…かもしれない。
「でも、魔物の侵攻くらいは防げるかも」
 自分に言い聞かせて。きっと無駄にはならないと。
「今の私には……」

 何度か心の中で謝る言葉が出てきた。今のこの事態、多分、言ったら怒るからって言ってないこと。
 あの部屋を出て、とりあえず部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。

「あ……ロクス」
 今は、会いたくなかった人に出くわす。
 ロクスはエスナの姿を認めると小走りで向かってきて、怒ろうとしたのか表情が固かったが、ふ、と息をつくと首を横に振った。
「探したぞ。何処にいたんだ」
 流石にロクスもあの部屋にいたことは気がつかなかったらしい。
「天界…です」
「は?…ま、好きなだけやってればいいさ。この中でごたごたが起きる分には構わないし」
 この中で、教会の中で。
「何度も言うが、この教会からは出るなよ。…君に行動されるとロクな事がないからな」
「…………ええと…」
「……………」

 ――――とんっ。
 ロクスはエスナの後ろの壁に手をつけて、睨むように見下ろした。
「ロク…?」
「まだ天使なのか?」
「えっ」
「この前、『そうじゃない』って答えただろ。違うのか?」
「………」
「答えろ」
「…………。そうじゃ、ないです。私は」
「…今の間は?」
 鋭い目つきのまま、顔を近づけて。息が頬や髪を掠めるほど近く。
「ロクス…近づきすぎっ…」
 目を逸らしたエスナの顎に手をかけてこちらを無理やり向かせる。
「もう天使じゃないのだろう!?だったら!翼の痛みも何も関係ないだろ!地上の平和だってお前が祈る事じゃないっ!」
「でも…待って、ロクス」
「…でも?何だ!?……いつからそんなに聞き分け悪くなったんだよ」
「初めからですっ」
「ふん」
「私………好きですから。この場所が」
「でも、僕は自己犠牲なのは嫌いだ。後に何も残らないからな」
 エスナは少し、驚いた顔をしてから微笑んだ。

 ――ありがと…だから私は…――

「……なんだ?」
 差し出された小指。
「指きりです。ロクスも無茶しないように」
「僕はそんなことしない」
「いいから!約束です。……私はずっとロクスのとこにいます」
「………言ったな?」
「はいっ」
 ロクスはそう言って笑うエスナを見て、差し出された手を見て。
「(この歳になって指きりか)」
「ロクスも……ちゃんといてくださいね」
「はいはい」
 その指に自分の指を絡めて。
「……嘘ついたら――……絶対、許しません」
「なんだ、それは…」


 私は大天使様のようにはしたくない。戦いが終わっても、守護するって約束したから。

 だからね、これからも側にいられるように…少しだけ。




「指きりげんまん嘘ついたら〜♪」が好きな子ですね。この子は。
これを先に読んだ方に「読んでて恥ずかしくなった」といわれた。書いてるほうも恥ずかしくなりました。
エスナの魔法は「なにかしてないと嫌だ」っていうのからでしょうね。


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