第5話:疑い―



 ――とんっ、
 壁に背をつけて、向こうから聞こえてくる声を聞く。
「…………」
 聞いているのではなくて、勝手に耳に入ってくる。
 その会話の内容を理解していくと知らず知らず耳を両手で塞いでいた。
「なんで……ッ」
 だから、一人で落ち着ける場所を探していた。



「司教、枢機卿。お伺いしたい」
 薄暗い廊下の二人の影に声をかけると、ゆっくりとこちらを振り返った。
「ロクスか。…どうした、お前が話し掛けてくるとは珍しい」
「(出来れば話したくないけどな)……いえ。…先程、面白い話をしていましたね?僕も加えて頂けませんか」
「面白い…?  っ…」
 『面白い話』と言うロクスの目は鋭く、司教は少し焦りを見せた。
「……ええ。僕に聞こえないように言ったつもりでしたか?だとしたら残念だ。とてもよく聞こえたもので」
 ロクスの言葉を受け、二人は何かこそこそ話していたようだが。
「……お前もわかっているだろう、この空が暗い事だ。まるでこの都が中心ではないか。旅の者からも聞いた、この都に入った途端妙な空気を感じたと!」
「っ!! …それと、それとどう関係あるんだ?あんたらが話していた内容と!」
「お前が連れてきたあの娘…。あの娘こそ、この災いの発端ではないのか?」
「確かに数ヶ月経つとはいえ、このような事象は初めてだ」
「…そうだ、数ヶ月、今まで何もなかったでしょう!エスナは関係ない!」

 ――――バカ言うな、エスナは天使だぞ。
 でも、最近の翼の事といい…。

「…天使」
 無い筈の翼を痛がっていた。黒い雫を見て泣きそうになっていた。
 『ロクスは、守ってくださいね』と。
「ちっ。…笑って言う事か…」
 ぶつぶつと独り言を言っているのには枢機卿たちは気がつかなかったようで、続ける。
「だいたい何処から連れてきたんだ、出自は!」
「(天界とでも言えって?)……雪の中。雪の降る教会です」
 嘘は言ってない。約束をしたあの廃墟の教会。
「は……馬鹿げたことを…話にならん」
「(それはこちらの科白だ)」
 ロクスもこれ以上聞いても無駄だと判断したのか、そのまま目を逸らして奥の廊下に消えた。

「………副教皇はあの娘を随分買っているようだが…」
 ロクスが見えなくなるのを確認するとまた口を開く。
「大体が得体が知れない…」


 こうなる先日まではエスナの事を褒めていたくせに。何かあると直ぐに非難する側に回るのか。
 ロクスは、く、と眉根を寄せながら、肩を怒らせながら歩いていた。
「(何処行ったんだ?あのバカ…!)」
 さっきは笑っていたが、不安になる。意味の分からない言葉が怖い意味を持っていたようで。



「………………」
 モザイクのようにいろいろな図形をちりばめられた床は、上から見ると魔法陣のような模様だった。
 ランプの微かな明かりを受けて光を跳ね返している。まるで癒しの魔法のようにそれを浮き立たせて。

 その中央に子供のように丸くなって横になっている元天使。床に手をつけてその上に頬を乗せたまま、目線を動かした。
 そこには微笑む天使の像が居る。天竜を倒し終わった後、ロクスから聞いたのだが、彼にとってこの天使の像は自分でも理由は分からないが大切なものだという。幼い頃、きっとこれを眺めて育ったから、であろう。
 それを聞けば無意識にエスナもこの像が気になるようになる。確かに優しい笑みだ。
 ここには今微かな灯り(それも空気の震えでゆらゆらと動く)しかない。だから像の顔のコントラストがはっきりして、表情がちらちらと変わるのだが、こちらを見下ろす瞳は変わらない。
「(ああ…この顔は…レミエル様みたい…)」
 幼い頃、膝の上に頭を載せてレミエルが髪を梳いてくれた事を思い出す。
「…まだ…こうして見守ってもらってるんだ…。だから、私は大丈夫…」

「もう少しだけ…」
 手の甲に涙が伝う。
「側にいさせてください…。あの人の幸せを祈らせて」

 どうして――――。

「ちゃんと人になれないんだろうね……」
 分かっていた事だけれど、どうして今更、悩まなければならないの?
 多分、自分の推測は正解だろう。それを知ってもきっと、ロクスは自分をかばってくれる。
「かばって?………あは…」
 なんだか笑えてきた。天使のときから変わってない自分。大きなこと言っておいて、なんだかんだ言って頼っている自分。
 天使から人間になれば自分で行動できると思ってたのに。ただ、『天使だから』に甘えていたんだ。
 ほら、今度は魔物と戦えるんだよ。力を振るうことだって許されてる。剣や魔法書を持って戦えばいい。

「バカみたいだ………やっぱり、何にも出来ないんじゃない…」

 ――――だから、暖かい癒しから別れないと。一線引いていては、真実は見えてこない。今、地上がどうなってるのか分からない。

「大丈夫だよ…なに心配してるの!」
 立ち上がって、そのモザイクのタイルの真ん中に十字架を置いて祈った。

 自分に治癒の魔力が残っている事。それで少しでも魔物が近寄れないように出来ること。
 天界で使っていた詠唱が未だに使えるなんて。





…っていうか謎。
回想からとばすのってなかなか難しい。


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