第4話:言葉に出せないこと―



「ふざけるな…」
 会議の内容はあれから殆ど覚えていない。いや、ロクスには元々覚えるつもりもなかった。
「(司教たちの言葉…まさかとは思うが…)」

「お兄ちゃん!」
「ッ……」
 法衣を後ろから引っ張られて、一瞬、首が絞まる。
「…――っスナ!!」
 と、勢い良く振り向いた先には。
「(子供か…って、よく考えたらエスナが僕の事を『お兄ちゃん』なんて言うか)」
 考えて寒気がしてきた。
 大きい瞳がこちらをじっと見ている。よく遊びに来る子の一人だ。

「どうした?」
 屈んで、視線を合わせてやって。エスナもよくこうやってしている。
「あのねえ、さっきまでいたのに、おねーちゃんがいないの」
「エスナ?」
 その言葉にこくっと頷いて、心配そうな目を向ける。
「こないだっからあまり見てないんだ。…すぐいなくなっちゃうの」
「そうか、僕も今出てきたところだからな…。……っと、探しておいてやるよ。だから今日はもう帰れ。心配しなくてもいい」
「うん!」
 子供はにっこり笑うとロクスに手を振って長い廊下をぱたぱた駆けて行った。
「ふう…やれやれ……子供を遊ばせてやってるのか、遊んでもらってるのか……」


 りーん…ごーん…。
「…………」
 手摺に両肘を乗せて頬杖をついている。
 ここから見える大鐘の塔が好きだ。そして、出来るだけ今は上を見ないようにしている。空を見ると真っ暗で怖いから。でも頬をかすめていく風もやっぱり気持ち悪くて。
 ――りーん……。
 余韻が風に流れてゆく。
「怖いんです。ミカエル様…。あの雲の…空の黒さが……」
 言おうとして、言葉を止める。
「(言ったらもっと怖くなるかも…)」

 戦争が起きているわけではない。
 何か表立って反乱があるわけでもない。
 ただ、魔物が増えてきている。帝国が召喚した魔物のような普通、アルカヤにはいない筈のものが、また。

 十字架を両手で包んで、目を閉じて。
「……………」

 目を開けたのは何かの気配を感じたから。
 エスナを囲むようにして両手で手摺をつかんでいる。
「…あ………ロク…」
 振り向こうとして制されて。すいっと手の中の十字架を取られる…とは言っても紐はエスナの首にかかったままだった。
「…子供が探していたぞ。全く…子供に心配されるなんてな」
「あ…帰るように言ったのに…まだ、いますか?」
「いや、帰らせた」
「…会議は?」
「君が言うような重要な出来事じゃなかったよ。いつものお小言だ」
「………。……嘘です」
 するり、ロクスの腕から逃れて。
「嘘です…」
「……。何か無駄な事を聞いたな?」
「聞いてませんッ!」
 やけにムキになって。
「………あ」
「はあっ…」
 妙に一生懸命になるエスナにため息が出てしまう。
 いい加減黙っていて欲しい。ただ微笑んでいてくれればいいのに。いや、笑うだけの人形になれと言っているわけではない。普通の女性としていて欲しいだけなのに。

 ――――どうして人間になってまで地上の平和を願う必要があるんだ?
 『天使ですから』はもう使わせないからな。

「ロクス…」
「?」
 目が合うと微笑んで。
「私は、この聖堂も聖都も大好きです」
 何を今更。
「だから、守るんです…たくさん悩むんです…っ」
「………君に守れるか。エスナ、そういうのを自信過剰って言うのだけど、…知らないのか?」
「なんでもいいです。…私でも何か出来る事があるかもしれない…」
「ないよ、きっと」
 エスナは上目遣いでロクスを少し睨んで。
「でも……ロクスは……ちゃんと守ってくださいね?」
「相変わらずよくわからないな、君は」
「それでもいいんです」
 にっこり笑ってそう言う。


 暗い暗い空を見上げる。
 まるで、この聖都を中心としてあたりが暗くなっているように見えるのは気のせいでは無いと思う。

「ごめんね……」
 目を閉じると会話が蘇ってくる。数人の男の声。
「…………私の…」

 所為だ――。





いくつかまとめて書いてたら順番がわからなくなりました(爆)。
私には珍しく、次にやることとかオチとか決めといたらメチャクチャいやんな話になりました(謎)。
しかも話をやらせてると、そのオチまで行くのか不明なことを喋ってくれてます。


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