第3話:混乱―



 昼間の明るさも夜の闇も関係ない。
 魔物の強さは日を重ねるごとに増してきて。このあいだまで平和だと思っていた聖都。


「普段はこんな事なんてしないぞ」
 それはそうだ、天使の勇者をやらされるまで『神なんて、天使なんていない――』と思っていたのだから。いるのは教会を食い物にしているお偉いさんだけだって。
 祈るのは好きじゃなかった。
「……いつから、だろうな」

 ――――だいたい『祈る』っていうのも他力本願じゃないか?
 『そうじゃないと思うんですけど…』頭の中で答えの声が聞こえる。それでこう続ける。『祈るっていうのは自分を元気にしてくれるんです。きっと、それが大きいんじゃないでしょうか?』にっこり笑って。

「ふん…」
 礼拝堂の十字架を恨めしそうに見上げる。その横には立派な天使の像が置いてある。
「あんたの…子供が苦しんでるんだぞ…」
 唇を殆ど動かさないで言う。
 誰が苦しめてるんだ?…天使に地上に降りる事を願った自分か?
 堂々巡りの頭の中。それに苛立ちを覚えながら息をついた。


「ロクス?」
 背後から遠慮がちに聞こえてきた声で誰かが居た事に今更気がつく。
「! エスナ。なんだ、起きてたのか。…起きていても平気なのか?」
 いや、外が暗いだけで今は遅い刻限ではないのだが。だが、最近のエスナは身体がだるいのか、昼間でも休んでいることが多かった。
 夜、共に寝所に就く時も、エスナが眠りに落ちてからロクスは癒しの手をほぼ毎日使っていた(起きている時にすると「大丈夫です」と言うのが目に見えているからだ)。
「つば―――(やめとくか…)」

 ――翼は?――

「平気です。でも…珍しいですね、ロクスが一人でここにいるなんて」
 そう言ってあたりを見回す。
「ふん、副教皇に説教される時くらいだとでも言いたいのか?確かにそうかもしれないけどな」
「もう、そういうことばかり言う…。ふふっ、そうじゃないです」
 こうして笑ってる彼女は普通の娘に見える。
 なのに。

「で?何しに来たんだ?」
「! ああ、そうだ。…司教様たちが探していたんです」
 ロクスはその言葉に大げさっぽく嫌な顔をしてため息をついた。
「……僕を、か…」
「お説教…とかじゃないですよ。多分…何もしてないですよね?」
 すぐ説教に結びつけるのも止めてほしいが。
 勿論説法ではなく、お説教、だ。
「だって、枢機卿様や…みんな集まってましたから」
「集まってた?……こんな時に会議もどきか?ったくお偉いさんの言うことはわからないな」
「ロクス、行ってください。きっと重要なことなんです…」
 少し困った顔で。
 しかしこのような時にエスナが言う『重要なこと』ははっきり言って信用できないのだ。副教皇のお小言に呼ばれてもこいつは『重要だ』と言い張るのだから。
「わかったよ」


「遅いぞ、ロクス」
「すみません」
 しかし、顔と言ってることが合っていない。全く反省の色がないと言うことだ。
「(ふーん…随分集まっているんだな…暇連中が…)」
 こんな話し合いしているのだったら街に出てこの状況をどうにかするのが先じゃないのか?
 しかし、副教皇も前向きな考えがあったようで。
「お前と一緒に戦った他の勇者は何処にいる?…連絡をとってこの事態について…」
「話せ…と?」
 勇者、と聞いてロクスの目が一瞬細められた。

 ロクスが天竜を倒した――と言うことは教会でも教皇庁の数人しか知らない。
 つまり、都の人たちは自分たちの次期教皇が1000年前の教皇と同じことをしたのも知らないのだ。
 コンクラーヴェ後、即位する時にでも発表するのだろうが、ロクスにとっては『別に言わなくとも構わないし、祭り上げられるのは嫌だ』程度のものだった。

「天使の勇者として戦ったことのある人間ならこの異常が何かわかるのではないかと…」
「…勇者。そうですね、何人かは連絡が取れると思います」
「いや待て、しかし、そんなわけも分からない人間の言うことを――――」
「そうだ――――」
「(ああ、はじまったよ、折角乗ってやろうと思ったのにな…)」

 ロクスは司教たちの会話を自分から一線引いて聞いた。いつだってこれだからもう慣れている。要するにだ。『自分に火の粉がかからなければいい』と―――――。

「(ほら見ろ。だから『重要』じゃないんだよ。こんなの)」
 勇者たちのことを『訳のわからない人間』――なんて言ったらエスナは怒鳴りこんで来るだろうな。やりかねない。

「天使は、この混乱をどう見ているのだ」
 ロクスとは違う意味で天使なんて信じていなそうだった司教からそんな言葉が出る。
 やっぱり他力本願だ。こいつらは。
「ちっ…」
 小さく舌打ちしたのには幸い、誰も気がつかなかったようで。
「……天使の勇者と言えど、天使がいないと話にならないだろう…」
 そうかもしれない。実際、各地の混乱を見つけてきたのは妖精と天使だから。

「天界の助けなど、もう望めないですよ」
 天使――から話を逸らしたかった。エスナの正体なんて誰も知らないけれど。
「ロクス」
「分かりきっている事でしょう。天使の役目はもう終わったのです。天界に戻ってもう…帰って来はしません。勇者なら居ますけどね」
「…副教皇はああ言ったが、あの宝玉の一件でさえもお前が絡んでいたのではないか?今回も…」
「ッ…」
「枢機卿。…前も言った通り、あの一件も今回もロクスが絡んでいることはない。…今は――……」
 気分が悪い。
「……………」


 がたんっ。
 その時、1つしかない扉が勢いよく開く音がして、一斉にそちらに目が行く。
「あ……」
「あれ〜?」
「すみませんっ!お部屋、間違えちゃいましたっ…」
 子供が背伸びをして開けた扉。…彼女のいつものお客様たち。エスナはわたわたと焦りながら深々と頭を下げて扉を閉めた。
「……バカ」
 少し気が和んだのもつかの間。
 ロクスはその後の司教たちの言葉を聞き逃さなかった。

 ――あの娘は…?――




無理やり話を進めてるっぽいです。

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