第1話:掴めない未来・始まりと終わり―



――――目の前は灰色の世界。
自分が足をつけている大地と、天上の空のほかには何もない。
何もない道をただ一人で歩いていて。
何より客観的に見える世界。
自分が歩いているようでそうではないような――不思議な感覚。


「ここは――…」


「何処…だ?」



*


「! 痛っ?」
 突然背の上あたりに針が落ちてきたかのような感覚に襲われた。
 そう、「上」だ。見た目はなにもない。以前翼があったところ。もうない筈の翼。思わず振り向いて確認してしまう。やはり見えるのは自分の真後ろの聖堂の壁だけだ。
「……。…風が…」
 聖堂の前の大通りを遥か下に敷いて、元天使は不安げに空を見上げた。
「声が聞こえない?」

 ぱた。ぱた…。

「わっ?…雨!?」
 屋根に数滴落ちてきた天からの涙は直ぐに勢いを増してきた。
 元天使―――エスナは急いで窓まで降りてひらりと建物の中に滑り込む。

「うあ〜…もう、突然ひどいです…!」
 少し濡れた服と髪に手を当てて、払うようにする。
 窓の外を見上げて、ため息をつく。天使の時は雨に干渉されなかったが今はそうはいかない。勿論それが嫌なわけではない。勇者たちと同じになれたことはとても喜ばしい。
 だが。
「風が…気持ち悪い…」
 不安そうな顔のまま胸の十字架を握った。



 ―――数日後―――


「ふん、最近こんな天気ばかりだな。まあ飽きもせずよく降るよ。ここいらに雨季なんてなかったけどな」
 ロクスは机に頬杖をつきながら外をレースのカーテン越しに眺めていた。
 見るからに重そうな雲、そこから零れる雨。
「……。エスナが沈んでるのは屋根に登れないからだろうな…」
 数日前から少し、元気がない、と思う。

「ロクスっ。紅茶とコーヒーどっちがいいですか?」
 ひょこっと部屋に顔を出して。笑っている。
 ……前言撤回。全く元気じゃないか。
「…。もう紅茶淹れたんだろ?」
「私の分だけですよ。ちゃんとロクスのは聞いてからです」
「……君と同じでいいよ」
「はいっ!了解です」
 暫くして、かちゃかちゃと小さな音を立てながら紅茶の入ったカップを2つ持ってきた。
 いつもなら――――。
「(どうでもいいのに、部屋を出て行くんだけどな…)」
 そう、机に向かっているときは『お仕事の邪魔ですね』と、直ぐに部屋を後にして聖堂に遊びに来ている子供たちのところに行ってしまったりするのだ。
 ――――けど。

「ロクス。…ちょっと、いてもいいですか?」
 少し眉をひそめてそう言う。
「どうぞ。僕は別に構わない」
「…………」
 こくんっ、紅茶を飲んでから。
「最近、寒いですね…。雨も降ったままで」
「雪以外でも寒いって分かるようになったのか」
「……バカにしてませんか?」
「ホントの事だろ」
「む…」
 言われてむくれたエスナを横目で見て笑う。そう、いつものやりとりだ。おかしくはない。
「でも」
 直ぐに表情が戻って。
「……。まどろっこしいのは好きじゃない。はっきり言え」
「…………」
 顔をあげて何か言おうと唇が微かに動いたけれど。
「僕だって暇でエスナに付き合ってるんじゃないぞ」
「わかりました…じゃあ…私、出て行きますね」
「(なにがわかっているんだよ)……いい。いいから話せよ」
 エスナが胸の十字架を握るのは、感情が高ぶるか不安定な時。とても楽しい時か、不安な時だ…と。思う。


「あのですね…」
 目を上げて話そうとしたそのとき。

 がっしゃーんっ!!

「ッ!近いな、今のは…」
「…きゃああっ!?」
 今まで確かに天気は悪かったがこんなに真っ暗ではなかった。
 窓の外はまるで日食のように何の明かりも通さない闇。
 先程の雷の音がまだ響いている。
「? エスナ?」
「っ!……あ、びっくり…して」
 雷などに対して怖がる事のなかったエスナがこんなに震えてるとは。
「どうした、そんなに驚く事か?」
 その真っ暗な空を見上げて、何処となく言う。
「いえ、そうじゃなくて。…つ、翼が…痛むんです」
「!?」

 もうない筈の翼。
「背中じゃなくて翼が。……最近こんなに天気が悪いし、何か…あったらって…」
「……。考え過ぎだろう。少し嫌な事があるとそう結び付けたくなるのは分かるが」
 そう軽くあしらってみると、抗議するように顔をあげて。
 翼がナントカなどと言われれば気にならないわけではない。だがここで同意するような言葉をかけたらきっともっと沈む。
「……ロクス」
「天界の事を気にし過ぎだろう、君は。そんなに未練があるのか?」
「違いますっ!」
「なら、もう翼の事は言うなよ」
「………。わかりました」

 言い残した未練があるような顔で。
 ここで全部言わせても言葉にした分、不安材料が増えるだけだ。だから少しだけ突き放した言い方をした。我ながら、…うまい言い方ではない、とロクスは思ったが。
「っ…も、もし、身体の方まで不調だったら言えよ」
「…………ふふ、はい」
 それが分かってか。
「ロクス、私、子供たちと約束してるんです」
 にっこり笑ってみせて椅子から立ち上がった。

 不安は消えない。




なにやらよく分からないお話の第1話。長編終わってネタ探しの私。
今回は教皇庁とか出したい〜(でも無知なのでまた図書館行きたい…)。
明らかに長編引きずってるこの意味のないタイトル…。

…このお話は長編の続き物(?)で書いています。よろしければそちらも見てやってください。

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