第8話:初雪―



 地図を片手に、その大地が遠くまで見渡せる高さまで飛んでみる。

「あの辺が…ここで……ここが…あの山かな…?……あれ?地図はこうやって見て……北が向こうだから上に…」
 試行錯誤しながら、地図と実際の大地の点を線で結んでいく。
 もうアルカヤに降りて結構経つのに、地理がきちんと把握できないらしい(それでも大体は頭に入ったようだが)。
「さっぱりわかんない…」
 覚えるといっても大きい町や目印になる山とかを覚える程度で小さい町まで覚えられないけれど。
 こんな様なことを南のレグランスから繰り返して、もう数日。もちろんそればっかりやってる訳にいかないので、時間が空いている時…と言うことになるが。

 そもそも地形を全て覚える必要は実はない。だが、覚えたかった。勇者たちの住むこの世界を。


「わっ!?……あ」
 突然の横風に翼があおられる。
 天使と言うものは霊体に近い。
 触れようとしても「触れたかどうか」という曖昧な存在だ。だが、ここアルカヤは天界と遠く、天界の加護の力が届きにくいらしい。だから(水などには濡れなくとも)風の力は感じる事がある。
 この為、最初の頃はインフォスと勝手が違って驚いたこともあった。
 飲食をして味がはっきりわかった。お酒に酔った。
 通りすがりの人とぶつかって、その感触を覚えた。
「びっくり…したあ…」
 髪を押さえながら、風の吹いた方…北を見つめる。もうかなり北上してきた。そろそろ帝国首都のあたりだ。


「…んっ?」
 北風が運んできたもの。
「…花…?」
 手を差し出すとふっと消えてしまう。
「? これは――…?」
 髪に当てていた片手も放して風に吹かれるそれを両手で受け止めた。
「これは…何?」
 はっと顔をあげてから、それが降りていく眼下の地上を見下ろす。…地上に降りればたくさん見られるかもと。



 案の定、舞い降りた地上の森はあたりが真っ白だった。

 ――純白の世界。
 天の下は血塗られた世界、と、天界の者たちが言っていたが、こんなに白い。

「!!……すごい。塩とかお砂糖…?にしては…なんだか違うみたい」
 木の枝を引っ張って落としてみたりして。
「あなたは誰? あ!そうだ!」
 それを両手いっぱいにすくって、落とさないように、つま先でくるりと環を描く。転移の魔法だ。



「こんにちはっ!ロクス」
「………。また来たのか」
 こうやって前触れもなく現れるのも、いい加減慣れてきた。初めのうちは驚いたが毎回驚いていては心臓がいくつあっても足りない。
「ええ。ほら、これ。キレイでしょう!?」
 宝物を見つけた子供みたいな顔で両手いっぱいのそれを見せる。

「……。冷たくないのか?」
「?…いいえ」
 エスナの手の上には白いもの。
 暖かい空気に触れてそれはぽたぽたと溶け始めている。
「あ…」
 溶けていくそれを残念そうに見つめて。
「雪なんてどこから持ってきたんだ?」
 そう、ここはエクレシアとレグランスの境。今の時期に雪なんて降る筈もないから。

「雪!?」

 ロクスの言葉に驚いて顔を上げる。ロクスはそのエスナの顔にまた驚く。
「…なんだよ」
「これが、雪なんですねっ」
「そうだけど?」
 どこか外れている天使に呆れながら。外れているのはもう大分前から知っているが。
「通りで……あったかい筈です」
 嬉しそうに、懐かしそうに笑って。
「…………これが…」
「は?雪が暖かいものか…冷たいの間違いだろ」 
「あったかいですよ。……でも、消えちゃいましたね…。ああ、でもいいですっ。…一緒に見られたから」
「…?」

 突然現れて、雪がなんだか分からなかったり。意味の分からないことを言ったり。
 ――でも。
 その顔が何故かまた見たくて。

「わかったよ」
「はい?」
「エクレシアの北の方なら雪が降る…今度、連れてってやるよ」
「ホントですか!?…………ああ、…でも今は任務行ってください…」
「ははっ。まったく人使いが荒いな、君は」





付け加えのお話です。雪雪って騒ぐ割には初めのお話がなかったなって。
にしてもなぜロクス!?そりゃアンタ、ロクスの話だからだよ(自問自答)。

エスナ、インフォスで雪見なかったんかい。見たけど名前がわかんなかったとか?(こじ付け)


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