第9話:星空の価値―



 翼を広げると空気をはらんで、ふらりと身体を浮かせる。短い金髪がゆれた。

「あ?もう、行くの?」
 翼は日の光を受けて輝く。アイリーンは眩しそうに天使を見上げた。
「あは、……もう魔力無くなってしまって…」
「最近ヤケに早くない?エスナ、魔力はちゃんと管理しなきゃだよ」と、それを言ってから思った。
「(ああ、祝福しすぎなのかも)」

 ――――天使の祝福。
 勇者に同行する際、天使は少しずつその魔力を削っているそうだ。
 これは本人から聞いたわけではなく、妖精から聞き出したのだが。
 聞いた理由は簡単、エスナがいると身体の傷だけではなく疲労感の回復も早い事に加え、身体も軽い。
 『大丈夫なの。それ』と質問したが、微笑んで頷いただけだった。

「そうですね…」
「そうだ。今度、魔法の特訓したげる。エスナって攻撃魔法使えないんでしょ?…まあ地上では役に立たないだろうけど。たまには護身用とかに覚えた方がいいわ」
「ありがと。アイリーン。…あ、それに、報告書を書かないと…なんです。じゃあ、また来ますね」
「うん。じゃね、エスナ。 たまには気分転換しなよ!」




「ただいまー、フロリンダ」
「お帰りです〜天使様っ!はいっ!」
 いきなり渡される報告書の束、束、束。
「う!!」
 こう来ることは薄々分かっていたので、その束を落とさないことには成功したが、持ちきれなかったその紙束がふよふよと浮いている。
「あは、頑張らないと……だね」
 思わず顔が引きつってしまう。頻繁に帰っていればこんな事にもならなかっただろう。たまに戻って来ても魔力の回復と共に地上に降りてしまうので机に向かっていなかったのだ。
「はいです!フロリンもお手伝いしますう〜」
 エスナは笑ってフロリンダの頭を指で撫でた。
「いいよ、フロリンダ。私が帰ってくるまでずっとやってくれてたんでしょう?休んでいていいから」
「え〜。まだたくさんあるですよう」
「大丈夫。ほら。遊びにでも行って。ね?」
「はいっ!でも、天使様、疲れたら呼んで下さいね?」

 フロリンダも遊びに行きたかったのか、エスナの承諾を得られると直ぐに部屋から消えてしまった。
 シャボン玉が弾けるように、小さくぱちん、と音がしたと思うと、もうそこには何もいない。
「さて!!」
 書類の束に向かう。
 報告書の内容は勇者の解決した事件や、今までの事件の動向など、アルカヤについてわかることは全部書かなければならない。

 魔法の羽ペンがふわりと宙に浮く、そうしてエスナの眼前を通り、机の端に山積みになっている紙にインクを走らせていく。
 ペンについている羽は昔、レミエルからもらったもの。あちらのインクはガブリエルからの物―――。
 幼い頃から大天使の傍に居ることが多かったエスナは、そうして祝福のアイテムを貰った事があったのだ。
「……」
 勿論自分でもペンを持っている。魔力を分散させて同時に数本のペンを動かしているのだ。
 アルカヤに居る時と魔力の減り方が違う。随分楽だ――エスナはそう感じた。この魔力を使い切ったら横になろう、と思っていた。


 数時間後、やっと半分以上の書類が描き終り、一度伸びをした。
 浮きっぱなしだった羽ペンを箱に収納し、そっと触れる。
「ん〜……あとはまとめるだけー!」
 窓を思いっきり開けて空気を入れる。
「あ、もう夜……」
 星がきらきら光る。でも、アルカヤで見る星空と違う。
「(もっと…きれいだったような気がする…)」
 目を閉じると、アルカヤで地上に降りてみた星空が蘇る。
「………」

 ゆっくり目を開けて、また、空を見る。
「昼間の青い空も、風も…ちょっと違う。………あ」
 怖い気がした。これ以上空を見ているとアルカヤで見た星空の記憶が消えてしまいそうで。
「………。気分転換」
 ふと、机の上の報告書の山に目が行く。提出予定は明日。
「………魔力も地上に降りるくらいなら…」
 エスナはふふっと笑うと、その窓から翼を広げて地上に降りた。


 満天の星空。
 でも、何故かまだ足りない。まだ、本当にきれいだと思えないような気がする。それは心の奥のこと。表面では感動している。
「…そうだ」
 エスナはまた翼を広げると、違う場所に移動した。


「…また来たのか」
 宿屋の窓をコンコンたたいている奴がいる。
 誰だかはわかっている。2階の部屋に窓から訪問するのはあいつか泥棒くらいだ。
「こんばんは」
 窓までギリギリに迫った木の枝に腰をかけて、にっこり笑った天使。
「何の用だ?天使様?…僕は遊びに行こうとしてたんだけどな」
「すみません、お時間ありませんか…?」
「ホントはな。…ま、いい…で。何だ?」
「はい!ロクスに星空を見せたくて」
「……わざわざ紹介しなくても星空くらい見られるぞ」
 ふっと『エスナに紹介された星空』を見上げる。

「………う、わあ…」
「なんだ、紹介した本人が感動してるのか?」
「私、こんなに星空がきれいって思いませんでした。…ありがと、ロクス…」
「…なんだそれは」
「……一人で見るより……ん、何でもありません」
 にこにこ微笑んでいる。
「ふん…僕は実験台か?(誰と見たら星空がきれいに見えるか…?…そんな実験する奴いるか)」
 身を乗り出して、その枝をつかむ。
「わ! ロクス!枝、揺らさないでくださいっ」
 ロクスはその羽を数枚手にとって、
「落ちても翼で浮けるんじゃないか?」
「こんなバランス取れないとこで飛べませんよ」
 羽をつかんだまま、笑って。

「!…。 早く帰れ。魔力、回復してないだろ」
「…あ、どうしてそれを…??……あ…はい」
「戦闘中で倒れられても困る。そうなっても僕は放っておくからな」
「わかりました!じゃあ、ロクス、夜分遅くにごめんなさいね。おやすみなさいっ」
 枝からふわっと飛び立つ。
「…エスナ」
 手を差し伸べ、腕をつかもうとする。
「はい?」
 ……が、エスナが振り返ると手を下ろした。
「木とか建物にぶつかるなよ」
「………大丈夫ですよっ」
「ははは。わからないからな、君は」
 エスナは笑って空に消えた。ロクスはその姿を見送るとその途中まで差し伸べた手を握る。
「バカバカしい…」
 自分に笑ってみたりして。

「……報告書、早くあげないと」
 天界に向かう間、目を閉じて今の星空をよく覚えようとしていた。
 誰かと見る星空だから。きれいだったのかもしれないな…と思いながら。




超・即興。
あまりにイベントが少ないので…(汗)。たまには酒場以外のネタを。
しかし…難しいなあ…。はあ。
しかし迷惑なやつだ。夜中に訪問するとは。

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