第26話:慈しみは永久に―



 覚えていますか?私の子よ。
 虚ろな目で、『守護者――親』を探していた小さな翼。けれども応える者は居らず、泣いていた時の事を。

 でも、あなたがあのように泣いているのを見たのは、あの時だけです…。




 光が差し込む礼拝堂(の…ようなところ)。ここはいつも静かで好きだった。
 大理石に似たような材質で作られた、巨大な柱、床。
「……はー……」
 ふと、胸の十字架を取り出して、その光に捧げるように透かす。金色は光を反射して純白の光を床に落とした。
「……………」
 『夢じゃないか』と思えてくる。この十字架を首に下げてくれた手が。
「…返せなくなっちゃった…。ロクスの所には私のリング。……はは、でも覚えてないんだから…持ってないかな。…せめてあれだけでも傍に居て、ロクスを守る力になって欲しいな…」
 それから腰紐の懐中時計を取り出す。見ていると針が、かち、と動いた。時は確かに回っている。だがそれは天界と違う時を刻む。
 これは任務開始の頃、アルカヤのとある町、露店で購入したものだった。勇者たちと同じ時を過ごす為に。
「(これも、そろそろ地に返そう…)」


「ああ、こちらでしたか。天使様」
「探しましたですう〜」
 小さな光が二つ、ふよふよと近付いて来る。それは以前の任務から共にあった二人の妖精だ。
「ん?ローザ、フロリンダ。 何?私を探していたの?」
「はい」




「ガブリエル様。エスナ、参りました」
 報告するときの声。緊張した声でそう言った。
 扉の向こうからガブリエルのおっとりとした声が返ってくる。それと同時に、ふわり、と風のように扉が開いた。

「任務を終えてから、かの世界の時間軸ではどのくらい経過したのですか?」
「はい、丁度1年です。初冬に任務を終えて、その次の冬です」
「そうですか、…変わりないですか?」
 静かに振り返る。窓から落ちる光がその大天使の姿を浮き立たせていて、見とれてしまう。
「…はい。インフォスもアルカヤも平和みたいで嬉しいです」
「いつも水晶に映して眺めているのですね?」
 間髪入れずに返事を返すエスナに少しばかり苦笑する。
 インフォスの任務を終えてからも様子を眺めていた事を認識してはいたが、他の天使は恐らく守護が終わった地上をそこまで気にかけてはいない。『そういうもの』なのだ。

「…………」
 少し、照れたように。
「はい」
「インフォスの守護。……ええ、でも、あの時とは…少し違うように思えます」
 ガブリエルはエスナの横をゆっくりと歩いて、後ろにまわって。
 ゆったりとした金の髪がエスナを掠めていく。

「……?」
「泣く事を思い出して、大事な事を手に入れました。それが人の子相手でも」
 驚いたように、振り返ってガブリエルを見る。
「! ガブリエル様?」
「翼に受けた天竜の血は大丈夫ですか?…いつまでも純白の心を持っていて。……血と戦うことになっても、あなたは大丈夫ですね?」
「――――っ?」

 何を言われているのか分からなかった。
「名前の通りに、浄化する心を失いませんね?私たちはあなたにその心を持って欲しくて名をつけました。…あなたは私の大切な子です」
「……わ、私」
「ラファエルから聞きました」
 エスナの頬に触れて。苦笑する。
「目が少し赤いですね?」
「はっ…は、…あ…すみませんっ」
 目元に触れた指を、す、と下し、胸元の金色の十字架を掬い上げる。
「…エスナが、地上にとても未練がありそうだ、と。でもあの子は何も言わないのです、と…。地上の時計を見て息をついている、と」
「!」
「私に話すことは出来ますか?エスナ。…地上の物は天使は受け取れない事を知っている筈ですよ」
 短い髪を梳きながら、優しく言う。
「っ…こ、これは。……私の、為に…」


『約束だ』


「!…やく、そく、だと」
「ええ」
 小さく頷く、そして、また髪を梳いた。

「わ、私を…アルカヤに、戻してください。…人として、ある人と生きていきたいんです」
 ここまでは、普通に言える。
「………。 それだけでは、天使を地上に降ろすことは出来ません。天界内務をまた――…」
「そ、そうじゃないです!…ガブリエル様っ!」
 ガブリエルは微笑んで続きを言う様に促した。

「……泣く事も、笑う事もその人から教えてもらいました!私が…寂しかったのを重ねても……ロクスは…」
「勇者は?」
「髪を梳いてくれて、優しい光を分けてくれて!…それと雪を見せてくれましたッ!!レミエル様から教えて頂いた雪を、見せてもらったんです…!……も、もう1年経つのに!ロクスには記憶を消す魔法まで自分でかけたのに……」
 胸の十字架を握り締めて。
「それに!…あの人の傍に居て、今度は…私が癒してあげたいんです…!私にしてくれたように…」
「もう、勇者はあなたの事は覚えていませんよ?」
「それでもいいです。…もう一度だけ、会いたいんです…。針千本だっていいって…これと共に消滅してももう構いませんッ!祝福の風としてアルカヤに流れていきたいんです…!」
 堪えていた想いは押さえられなくて。


 天界に戻ってくることになっても、せめて私だけでも想えるように。

 初めからなかった方が良かったなんて思いたくない。
 ……そうですよね?


「あの子に、光が共にありますように…」




次回でホントに最後です〜〜!!
ラファエル様よか、ガブリエル様とかレミエル様の方が好きです。


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