第22話:大地の叫びが消えた夜―
――――その日、叫びが消えた。大地の悲痛な叫びが。 崩壊を待つだけの世界。……だが、実は終わりのない夜など存在しなかったのだ。 風を感じる。冬の凍てついた風。だけれど、その中にも暖かさがある。世界は平和になったのだから。 ――――時は射手の加護を持つその、月。 あの廃墟の街。まだ誰も居ない寂しい街なのは変わらないが、近い未来にはここは人でごった返すだろう。また、活気を取り戻すだろう。 そんなことを考えながら、静かに翼を揺らし街を見ていた。雪がちらちら降る、夜。 ふと自分の前を歩く法衣姿に視線が止まる。 長く大きく見える法衣は微かな風をはらみながらある場所へと迷わず進む。 「ロクス、何処に…?」 こう聞いたものの行き先はわかっている。案の定、答えは返ってこなかった。 「(ここには来たくなかった…)」 そう思いながらまた周囲を見回す。気の持ちようなのか、今度はその町がもっと暗く見える。 そして、目的地はやはりあの教会。 何も言わずにその中に入っていってしまう。エスナは少しためらって入り、建てつけの悪い扉を閉めた。ぎぃ、と音を立てて木が擦れる。 「……………」 天使の見て取れる辛そうな顔。 もし、自分と同じ想いなら――――と思うと嬉しい。自分にもこんな感情が存在したのか。とロクスは苦笑しながらその天使を呼んだ。 「! あ、はい」 だが、ロクスはその続きを言わない。 返事の代わりに机の上の蜀台に火を灯して、見上げる。壊れた天井から雪がちらちら舞い降りてくる。 薄暗い光に翼がぼうっと浮かび上がる。 「ロクス…?」 分からなかった。ロクスがここに来たいと言った理由。 「ど、どうしたん…ですか?」 共にありたいと思っていた。だが、今は怖くなる。…本当に、私を必要としてくれているのか、一人で思いあがっているだけじゃないか…と。 本当に、私は彼にとって良い存在でいられるのか、と。 「(私…でも、…分かんないんだもの)」 そうだ、この想いを。 「…ロクス、天界の者を代表して、お礼を言います」 「!」 想いを押し込んでしまえば、考えなければ楽になるかもしれない。 「もう、こんな戦いないって、約束します。私、ちゃんと守っていますから。この世界も大切な世界になりましたからっ」 一気に言おうとしているのに、うまく言えず噛みながら。 「……。何を面白い事を言ってるんだ。エスナ?」 「迷惑、かけました」 「……。ふざけるなよ。君が天界の代表で発言できるわけがない。…天界の、大天使の素行を謝るだの、この戦いで勇者に礼を言うだの、聞きたくないんだ。君からは」 「!……で、でも、この…教会に来たから……」 「よくわからないな」 何の所為にしているのか。 なんにせよ、失敗だ。『想わないように』『勇者の天使らしく』振舞うのは。 「教会ね。…らしくない。って思ってるか?…あんなに教会を嫌っていた僕が」 壊れた天井や梁、像を順番に眺めてゆく。 「嫌ってなんかなかった。…らしくないなんて思ってない…」 習い、眺めてから、ロクスに視線を戻して。首を横に振った。 「…エスナ、あの言葉、覚えているか?」 「!」 弾かれたように顔をあげる。 「お祈りの言葉?ここで…言った」 忘れるわけがない。あの優しい声を。 「…お祈り、ね…流石、天使様らしい発想だな」 「?」 「そんなおキレイなものじゃないさ」 「?」 「君が期待しているような意味じゃないって事だよ。僕は人間なんでね。いつでも世界を守ろうなんて、そんな芸当出来やしない。でも、出来る事があるんだ」 「……ロク…」 「言っただろう?何でも出来る、この身体が、僕がどうなろうと知った事ではない、と。…あれは、世界に向いた言葉じゃないって事位、天使エスナだってわかるだろう?」 ゆっくりと息をつき。 「君がこの世界の守護天使じゃなかったら、きっと僕は勇者なんて逃げていたよ」 手を見、それから軽く握った。 「……直訳してやる。鈍感でバカな君にも分かるように」 それから間をおいて、 「『君を、愛している』」 「………?」 「『全てを置いて、僕の傍にいて欲しい。僕は、君の全てを守るから』」 そこまで言って、は、と笑った。 頬は少し赤いのか、それとも眼元が赤いのか。 「バカバカしいよ…。こんな言葉なんて言おうと思った事なんてないんだぞ。…しかも古代語に紛れさせてなんて。我ながらどうかしてるよ」 「私、返事した…『はいっ』…て」 あの時、声をかけられて、なにかを聞かれて。 よく分からないままに返事をした。 何故か『はい』という返事をしたかった。 「その、返事は今も有効か?」 「………――ッ」 ぱたぱたと床に涙が落ちた。 俯いて、泣いていることを分からないようにして。無駄な努力を。 「わ…たし…ここ…にはっ…たく…なっ…た…ッ」 ―私、ここには来たくなかった― 「こ…は……ロ……ス……がっ……――っく。……ひっく…」 ―ここにいると、ロクスのことしか…― 「想えない。…考えられないから……ッ!」 両手で目をこすりながら顔をあげて。 「こんなの…いけないんですよ…!?…私……」 「はは、酷い顔してるぞ」 涙をぬぐってやって、髪を梳いて。 「…いけないのか?」 「ダメです。私は、天使だからッ……『たった一人』なんて…」 そんな感情、ない筈なのだ。ましてや人に向かってなど。 見守っているだけで十分だった筈だ。今までは。 けれど、知りたいと思ってしまった。心を守りたいと思ってしまった。 そして、想いが重なってしまった――――。 「…ここにいる時だけ僕を想うって?随分ナメられたものだな。…いつも僕しか想えないようにしてやろうか」 あの天使の像のように、すべてを慈しみすべてを見る天使になんてならなくてもいい。 「!…バカ…何言ってるんですか…」 「………ありがとう、エスナ…」 手を伸ばし、その肩に触れ、引き寄せる。背中に手が回ると羽にぶつかった。 「!」 本当に実体のない天使なのかと疑えるほど、腕の中が温かい。いつまでもこの温もりを感じていたかった。 「エスナ」 名前を呼ばれると、顔をあげる。 「……でも、戻れなければ…いいんだ」 「!」 変えるつもりはなかったのに、声のトーンが自然と下がる。自分で苦しいのが分かる。だから、胸に手を置いて、少し息を整えて。 「全て置いて、なんて言ったけどな。僕の為に何かを捨てる事なんてない。…僕の事など…忘れてしまってくれ…」 それが『エスナの幸せ』なら。 冷たいと、寂しいと思っていた天界だって嫌いなわけじゃないのだ。失って気がつくこともたくさんある。 だから。 僕の為に何かを捨てて、あとで後悔なんてこれっぽっちもして欲しくないんだ。君には笑える未来だけを与えてやりたいんだよ。僕は。 「ロク…ッ。忘れられないッ!……い、今更っ無茶言わないでください〜…」 今まで我慢していた分、涙がまた零れてくる。 「全く、よくそうわんわんと泣けるな。しおれるぞ?」 あきれたようにため息をついて。 ――僕なんかの事で…―― いつだって、悲しい顔の時は天界の事か僕の事じゃなかったか? そうだ、いつだって顔で泣いていないだけで、気持ちでは泣いていたんだ。みんなそれを『強い』と思っていた。でも、一番弱かったのではないか? 泣くことがわからなかったんじゃない。強がって、泣くことを忘れていたんだ。 「私、戻って来たいです…。ロクスがいいって言ってくれたら。それでよければ、…傍にいたいです…ッ。私、今度はロクスを守りますから。傍に…」 子供がいやいやするように首を横に振って。 「そうだな。約束破りには針千本があってもか?」 「それでも…いいですよ」 「…はは、冗談も通じないか。これは重症だな」 少し笑ってから。 「わかった…。待ってる。君を…。捨てるんじゃなくて、得る為に戻って来てくれ。もう…過去の事で泣かせたりはしないさ」 「はい…」 言って髪を撫でる。首筋まで手が下りてくると、エスナの首にあるチェーンに指が触れた。トップは小さな銀のリングだ。何故指にしないのかは聞いたことがなかったが、きっと何か理由があるのだろう。 そうだ、とロクスは目線を自分の胸元に下した。 それから、架かっている赤い紐を外して。 「?」 ちゃり、微かな音を立ててエスナの眼前にそれが揺れる。金色の教皇の十字架。 「約束だ。僕のこれ預けてやるよ。なんたってエクレシア製の高級品だからな。…ちゃんと返しに来いよ?代理は不可だ」 ―――そうじゃない。…もし、戻れなくとも。…僕が確かに君の近くに居たと、どうか――― 「は…はい!」 それからエスナの項に手を回し、チェーンを外して。「これはその代りだ」とやはり同じように眼前で揺らした。目を細めるエスナ。その瞳に唇を落とした。 「…エスナ」 「はい…」 名前を呼ばれていたい。『もっと名前を呼んで』と懇願するような目。 「…誕生日、おめでとう。エスナ」 約束していた。『エスナの誕生日までには平和を取り戻す』と。勇者の言う言葉じゃないかもしれない。でも、嬉しかった。 「――ありがとう…」 「今は『寒い』ですか?」 落ちてくる雪を片手で受け止めながら、椅子に腰掛けているロクスに聞いた。 もう、先程までの辛そうな顔はない。 くるりと周って、子供のようにはしゃぐ姿…――。 「……。そうだな」 「雪も『冷たい』んですね?でも、暖かいです…」 「ああ」 触れば冷たいが、確かにそうかもしれない。とロクスは苦笑した。 「ん〜。花びら…桜は?…雪みたいできれいでした」 「あれは――…咲くのは春だからな。寒くはない。けどな、冬に咲く花だってあるんだぞ」 「そうですか!ふふ、今度見てみたいです…」 ふわりと満足そうに微笑む顔が見える。 その横顔を見ていて意地悪がしたくなって。 「エスナ」 「はい?」 振り向いた彼女に言葉を他にかけず、自分の横に座るように促す。それから、法衣をちょっとあげて中に入るようにと。 「ッ……だ、だ…っ…だめですってば!」 顔を真っ赤にして、予想通りの反応。さっきまで抱きしめられていたのに。 自分から行動するのは出来ないものなのか。 「エスナ、君は寒くないかもしれないけど、僕は寒いんだぞ?」 「………私をアンカ代わりにするんですかっ…?」 「はは、それでもいいよ。ほら、来いよ。寒いから…」 ――蝋燭の火は小さい教会内を照らしていた。二人の影を壁に映し出して。 雪が、その火を消しても、その夜はずっと寄り添って。 彼女から握られた手が暖かい。その身体は温かくないというのに。 「治癒?……エスナ…起きてるのか?」 顔を覗き込んでみるが、 「無意識にやってるのか…。ふん…」 笑って。 エスナが『手が温かい』と言ったこと、自分を忘れないように、手の力を使い返してやった。 彼女の寂しさが癒えるように――…。 |
教会モノ好きだな〜私。 ED前のやつ。あまり告白とかわんないじゃんです。最後にしてキスシーンが(笑)。 これはもう長編はじめる前(だったかな)くらいから書いてたやつです。それを直しました。 ロクスが大人なのをいいことに、エスナ甘えまくり。もう、なんだかどうしようもない子になってますね〜。 あーやだやだ。 前に書いたEDものとちょっと結び付けてます。 ところでアルカヤにも『針千本の〜ます』はあるのだろうか…。それとアンカも。代わりになるものはあるだろうな。 ラストバトルをお願いするときにロクスの誕生日。その下旬がエスナの誕生日。 ゲームでは10月でクリアできるんだけど。 NEXT TOP |