第21話:ラストバトル3―決戦・明けない夜がないように―



「魂を…心を返してあげてください。あの子に」


「これが正義だ、ベルゼバブ」
 少年の身体は不自然に宙に浮いていた。投げ出された四肢は関節から力を失ってだらりと落ちている。胴体だけ浮遊の魔法の効力があるのか、ゆらゆらと浮かんでいた。天を見つめる瞳は光を全く失って。
 それは丁度――。復活の儀式のエンディミオンのように。

「……。ふん」
 正義なんかじゃない。多分。
 僕は正義の為に戦ったのではないのだから。

「サ…タン様……私は必ず…」
 譫言のように何かを言っている。それは殆ど聞き取れなくて。
 手の届かない天界に手を伸ばす。

「コキュートスに…戻…ッ……天界の…門を…」
「あ、あの子を返してください!!」
 エスナは少年を見上げて言った。
 何度か見た事があった。どうしても忘れられない。何かを探しているような怯えた目つきの少年。それでも一人の時は優しい目をしていた。
 ――それに、ロクスが攻撃しなかった意味を分かっているから。

「天使ども…!いつか、帰ってやる!何千年かかっても!!」
 ぎらり、視線こちらに向けて叫ぶ。が、その焦点はぐらぐらと忙しなく合ってはいなかった。
 その中でいつも天界の盾になるのは、戦場になるのは地上界。


 何かが弾けた音がして、すうっとその身体が消えてゆく。
「!! は、……私は…あの子を」
「……。ん? いや。そうでもないみたいだぞ。…ほら」
 ロクスが示した方、少年の身体から零れた小さな光。
「エンディミオンの…じゃないか、これは」
「…わ……」
 手を差し出すと、その上にひょいと乗ってくる。
「……エンディミオン?」
「良かったとは、到底言えないかもしれないけどな」
「うんん、こうやって自分を取り戻せたんだし。これなら大丈夫。……どうか、レミエル様のところまで、迷うことなく」
「……ほら」
 ロクスが手の光を分けてやると、その光は二人の周りを何回かまわって、ずーっと上まで昇って行った。
 それが合図になったように、魔の空間がガラスのように割れ、その間から空の青さが漏れてくる。

「終わったな」
「……はいっ」




「よくやりました。勇者ロクス、天使エスナ」
 ラファエルはエスナの翼に手を置くと、何やら魔法を唱える。魔法の光は、翼のところどころを小さな魔法陣で囲うと、ぱちん、ぱちん、と弾けた。
「……」
「…?ラファエル様?」
 きょとんと見上げるエスナの顔が余計に辛い。
 天竜の血を勇者に浴びせまいと身を呈してかばった翼。1000年前の自分には出来なかった事だ。
 それに、翼に血を浴びようと、それを後悔していない顔。
「…成長しましたね。本当に」
「?…ありがとうございます!!」
「この勝利はお前たちのものだ。俺たちは先に天界に帰っている。勇者に別れを言って戻って来い」
 返事を聞くこともなく、二人の大天使は空に消えて行った。
 呆然とその空を眺める。


 ――――別れ?


「ミカエル…様…っ」
「―――ちっ」
 だから大天使は好きじゃないんだ。
 別れだって?自分の子のように育てたエスナの幸せを願うなら…。ああ、でも天使のエスナの幸せってなんだろうか?人として生きる事は、もしかしたらとてつもなく重いものなのではないか?
 ロクスは今更そんな事に気が付き(いや、思いたくなかっただけかもしれない)目を伏せた。

「ロクス…」
 晴れた空と裏腹に少し暗い顔。
 遠慮がちに法衣の端を掴んでくる。
 何か言おうとして唇だけ微かに動いているけれど、言葉にならない。
「お疲れ様でした…」
 ようやく出た言葉。
「そんな言葉は聞きたくない」
 そうじゃないだろ?エスナ。君の言うべき言葉は。
 どうか、君の言葉で教えて欲しい。
「ここで…―――お別―」
「僕は」
 遮って
「こういうのは好きじゃない」
 その手を振り払って、背を向ける。こうすれば『待ってください』ってついてくる。
 でも、


「私、天界に戻ります…」
「!……エス」
 ぎゅっと胸の前で手を握って。
「また、…また会いましょうね?」

 ――――嘘だ。

 戻ってくる気なら何故目を上げて喋れない?それが自分で決めた道なら良い。だけど、違うから目を合わせられないのだろう?
 バカだな、ヘンな気を使って。
 同じ事を思ってるんだろ?『ロクスの(お互いの)幸せってなんだろう』って。それと、大天使に言えなくなったか。天界を後にしたいと。


「エスナ」
「ッ…?」
 思いの外、不機嫌な声で呼ばれて思わず顔をあげる。
「まどろっこしいのは好きじゃないけども…少し、つきあってくれないか。勇者様の最後の願いだ。聞き入れられるだろう?天使様?」
「……」
 怒ってはいない。軽口を叩く顔だ。
 エスナはその人の顔を見て、少し微笑んで頷いた。


…やっぱり、少しでも一緒にいたい。
―――でも、わからない。どうして……ここなの?




やっとラストバトルにカタがつきました。これからEDです〜。

しかし!ミカエル様、ラファエル様、何しに出てきたのか…。まあ、ゲーム中でも「おいおい」ってなもんでしたし?
なんだかロクスは天界が嫌いらしい…?

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