第20話:ラストバトル2―決戦・大いなる光―



 ――――目を逸らしちゃいけない。耳を塞いじゃいけない。
 私が何も出来ないのなら、せめて辛いのから逃げちゃいけないってそうに決めたんだ。
 それでロクスを守るって。


 時間が止まったように、空気の流れも感じない。感じるのは自分の腕の中の微かな鼓動。
 自分の詠唱の声。

「じゃあ、また、会いましょうね。…ロクス」

 光の膨張ともに時が動き出す。ベルゼバブの渾身の力を籠めた攻撃魔法とエスナの転移魔法。

 きぃぃ……ん――――。
 耳につく高い音。増す光。
 だが、眩しさを感じていないかように、エスナは腕の中を見つめていた。この目に、もう、彼を映す事はなくなるだろうから。
 そ、と銀の髪を撫でる。
「ふふ……心配はしないで下さいね…」



「危なっかしくて見ていられないな。エスナ」
 無限とも思える光の梯子、大いなる天の光。その光で二つの魔法は消えてゆく。
「―――は…!」
 攻撃魔法を封じられたベルゼバブは恨めしそうにその光を見上げた。二つの翼。
「なんだと!! ミカエル…ラファエル!」
「久しぶりだな、ハエの王」
「なかなか地上に降りる事が出来なくてすみません」
「どう、してですか、大天使様は……地上には…」
 ラファエルは『信じられない』という顔のエスナに近付くと手の中のあるものを見せた。
 銀の環。
 それは今の戦いで壊れ、岩場に落ちた誕生日プレゼントの。
「! 私の魔力が反応して…」
「ええ、これで場所が特定できたのです」微笑むと、ロクスに手を翳した。
「…………。エ…スナ?」
 腕に抵抗を感じる。目が合うと少し微笑んで頭に手を置いた。

「ロクス…よかったあ……」
 視界がぼやけてきたのであわてて手の甲で目をこする。
「っ…。 妙な顔はするな。僕を勝手に殺すなよ」
「……。 もう、一度…やってくれますか?」

 ロクスは返事をする代わりに立ち上がって、悪魔をもう一度見上げる。
 光によって苦しそうな表情を浮かべていたベルゼバブは、その姿を認めるとまた笑みを浮かべた。
「こざかしい。…人間ごときが何度立ち上がっても同じことだ!」
「ふん、達者なのは口だけか?……1000年前のカタもつけてやる…!」

 もう、このアルカヤにお前たちが来ることがないように。
 そして、僕のずっと先のこの手の使い手が、エリアスや僕の影を見て、その影の大きさに苛立つ事がないように。…こんなのは、僕だけで十分なんだよ。
 ああ、こんなに正義感が強かったのか?僕は。……でも、そうだ。笑って暮らしていくためには。迷いを断ち切るためには。

「終わりにするぞ!」
「ほざけっ!…死ねっ天使の勇者ッ!!」


 ―――明らかに先程までと手応えが違う。詠唱すればする分だけ、相手の傷が深くなっているのが分かる。
「………はあ…はあっ…」
 肩で息をしていても、不思議と辛くはない。自分の真後ろには光があるから。
 杖には血が絡み付いている。誰の血なのかわからない。
 ああ、だが。あといくつ、自分の知っている技がある?詠唱もさっきから同じのを繰り返しているような気がして。
 いつになったら終わるんだ。
「ぐっ……」
 額を触ると治癒された後の血の跡がある。まだ、立てる筈だ。
 一人で戦っているんじゃないから。

 堅い皮膚の裂け目から血が滴っている。竜の赤い目は焦点を崩さない様に、懸命に戦っていた。
「………グ…オオオオ…」
 地の底からのような声で、どうっと竜が倒れていく。
「なにっ!?…天竜がっ…」

「…!? ロクスっ!ダメッ!!」

 高い、悲鳴みたいな声で自分を呼んだのが聞こえたかと思うと、途端に温もりを感じる。まるで押し倒すように抱きしめられていて。
「エスナ!?」
 視界に映ったのは天竜が倒れている姿とそれを信じられない顔で見つめている悪魔。それと自分を抱きしめている天使。
 空中に小さな魔法陣がいくつも浮いている。結界のようなものに守られている自分。
 純白の翼はまるで盾になるかのように大きく広げられていて。つまり、天竜の姿も純白の羽と羽の細い隙間からしか見えない状態だ。
「―――〜ッ!!」
「おいっ…!何で出てきたんだ!!」
「は、…あ。血、……天竜の、かかってません よね…?…ちゃん と 動けますよね…?」
 がたがたと手が震えている。声も。手でぺたぺたと頬や髪に触れてくる。
 大きな瞳が少しの異変も感じ取ろうとせわしなく動く。
「あ、ああ。よかったあ…」
「……か、かばうために出てきたのか!僕を!?ちっ、ひっこんでろ!!」
 どうして?ああ、そうか。大天使の勇者の二の舞は嫌だって?
「…だからか、戦える」


「貴様!よくもっ…」
 冷静さを欠いたベルゼバブの魔法の先程の力がなかった。魔力は好き放題に暴れ、とんでもない方向に魔法がぶつかっている。
「…………?」

 思わず構えていた杖を下してしまう。
 その光景があまりにも子供で。駄々をこねる子供みたいに暴れる魔力。
「全部!破壊して…天界の門をっ…!!」

「(まだ、完全、とは言えないのか…)」
 聞いた話では『魔石はいろいろな地上に飛び散った』だった。つまり、完全に石――魂が集まっているわけではないのだろう。たまたまこの世界には3つあったと言うだけで。

 ロクスは下した杖に目を落とし、それからゆっくりと上げた。
「………。 もう、終わりにしないか。疲れただろう。…その身体から出ていく気はないのか?」
「ふ、ふざけるなっ!!」
「…ロク――」
 エスナを制して。
「………なら、仕方ないな」


 ――――かつんっ。

 杖を岩場につけ、胸に手を当て。―――祈る。
 胸の十字架に指先が当たった。教皇の十字架。これは平和と平穏を願う物。その中に居る子の平穏を願う。それを握り言葉を紡ぐ。


 ……――名もなき無なる神よ――


 一人の子供が二人の魂と戦っている。
 ロクスの声に、一方が苦しみ、一方が泣きそうになる。それから手を高く伸ばした。


 ――無きその姿を現し給え…天界の盟約、我が手の力において、汝にその加護を、念を――


 ゆっくりと詠唱の言葉を言い切ると、もう一度杖を向けた。
 この間に、悪魔ベルゼバブに戻ったなら、攻撃に転じてやった。
 光がベルゼバブを包み込んだ。攻撃ではない。それは癒しの手の光。一人の子供を救うために。


「ロクス…」
「ああ、終わりだ…」
「サタン様っ!…そんなっ!…こんなんじゃ…な…っ……」 


 ―――ねえ、私は、守れましたか?大事な人たちを。




今回はちゃんとロクスが主人公!!
いよいよ、ラストバトルも最終です〜。
もう戦い苦手〜だから戦わないでやってみました(かなり思いつき)。って、これでいいのかラストバトルが!!
いいのです。癒しの手だから。戦いだけが平和にする導きじゃないぞって。

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