序章:全ての始まり―歴史は繰り返されて…。



――それを…守りなさい。何があろうとも決して…――
 天使の言葉に少女は複雑な顔をしながらも微笑んだ。
『はい。私の命に代えても…。…天使様…』

 ――天に消えた翼は、戻ってはこない。
 それが分かって、娘はずっとずっと天を見つめていた。大きな翼が見えなくなっても、太陽が西に落ちても、…ずっと。





 光溢れる世界――――。

 よく『人』が神話で描くところ。それは憧れか、願いか。
 神からの、伝言を承り、地上へと伝える天の使い――――『天使』の世界。


 あくまでも、天使の役目は『伝え、導く』こと。つまり力は行使できない。
 力を行使することを覚えてしまうと、堕天に繋がってしまうから。歴史を天使の『力』で変えてしまうから。
 それは何があっても許されない事。住まう世界が違う生き物が、その世界の歴史を直接力を以て変えてはならない。それは生きとし生ける者たちの暗黙のルールだ。

 そして、天界に住まう以外の生き物に対し、天使たちは特別な感情を持つことはまずない。
 地上にあるもの全てを慈しみ愛する。つまり、とある人間を特別に感じることなどほぼ有り得ないのだ。
 だが、稀にそれが出来なくなってしまった者もある。それがが天界追放されたことも少なくない。感情が悪い方向に落ちてしまったかから…だけれど。



「おはよっ」
 天使は机の上の水晶玉に語りかけた。人間の娘が髪を梳くように、翼を梳きながら。
 声に反応し蒼い水晶の中はすうっと揺らめくと、ある緑の大地を映し出す。
「ん〜。…よし、今日もインフォスは平和っ」
 もう、(恐らく地上の時間としては)何年も前になる。偽りの時間が流れる世界を地上の勇者と共に救った。もちろん、天使は勇者に言葉と祝福のアイテムと治癒魔法しか与えられない存在だったが。
「みんな元気かな…」
 自分の事を忘れてしまってもいい。私が想ってるから。大好きな世界を。

「………。…さて、今日は!」
 立ち上がってカーテンの端を飾り紐で束ねる。それから目を上げた。薄紫色の中に深い蒼色。
 陽の光に短めの金の髪が照らされ、瓶から零れた蜂蜜のような色を見せる。
「……あ、ラファエル様から呼び出しがあるんだった…」
 呼ばれる事自体は少なくない。幼い時から大天使のところには入り浸っていたのだから。
 しかし、今日は違う気がする。
 ふと、机の上の封書に目を渡した。封蝋の先は。

「……」
 かさり、小さな音を立てて封書を拾い上げた。封筒の表を撫でると、あぶり出しのように文字が浮かび上がった。それは宛名である天使の名前。

 ―――天使エスナ

 エスナはもう一度その名を指で撫で、息を一度つく。それから机の引き出しに仕舞うと部屋を後にした。



「ラファエル様」
 天使は扉をノックする前に髪と翼を直して、一つ息をついた。
 大きな扉。そこには天界の歴史だという金色で作られた美しいレリーフが嵌っている。
「…参りました。失礼いたします」
 『どうぞ』と言う声を聞くと扉に手をかけた。
 扉はエスナを招き入れるようにふわりと開くと、部屋のあちらでラファエルの姿が見えた。聖堂の作りのようなそこは、何もしていなくともぴん、と背筋が伸びてしまう。
「よく来ましたね、エスナ」
「はい、遅くなりましてすみませんっ」
「いいえ」



 ――――案の定。
 大体、分かっていた。
 大天使から書面で呼び出されたのだ。これは私的な呼び出しではなく、天上界・公式であると言うことを意味していたのだから。

「……え?今…なんと?」
「地上界を守護してほしいのです」
「イ、インフォスですか?」…なわけがない。今見てきた通り、平和だった。
「いいえ、『アルカヤ』という地上界です。まだその影はわかりませんが…」
 ラファエルはそれから何か説明していたようだが耳に届かなかった。

「アル……カヤ……」
 少し、眉をひそめてしまう。
 だが、自分に断る権利などない。文書にて呼び出され、大天使に名を呼ばれてしまったからにはそれは決定である。エスナのような下級天使がどうこう言える立場ではない。
「…分かりました」

 どうして自分なのだろう。と、思いながら。
 確かに地上を守護したいとは思っていた、でも、戦いはやはり嫌だ。…そのような事を言ってる場合ではないのだけれど、人が傷ついているのに自分は何もできないという歯がゆさは前の任務で痛いほど知った。
 せめて、自分の力を直接行使で来て、人の隣に立って戦う事が出来たら―――と。

「エスナ、あなたは昔から…」
「大丈夫です、ラファエル様。私、ちゃんとやれますよ?」
 ぐ、と手を握って笑う。その顔は幼い頃から知っている顔だ。
「そうですか。……では、あなたをサポートしてくれる――…と…」

「天使さまあ〜!!」

 ラファエルが言葉を言い切る前に小さい何かがエスナに抱きついてきた。
「うわ!……フロリンダ!?」
 妖精。小さな翅をぱたぱたとさせながら笑い、頬にすり寄ってきた。
「へへ〜。天使様、また一緒にお仕事できるですう」
「そっかあ!フロリンダがまた手伝ってくれるんだっ」
 あまりに嬉しくて、思わず声が大きくなる。
 同じ天界に住まう者だが、妖精と会う事は少ないのだ。以前の任務で仲良くなったフロリンダとこうしてまた会えるのは、新しい任務の為とはいえ、喜ばしいことであった。


 できることは精一杯やろう。一度、目を閉じて。それからしっかりとラファエルを見つめる。



「行ってきます。ラファエル様ッ!」
「ええ、行ってらっしゃい。エスナ」


 その細い肩を見ながら、ラファエルは1000年前を思い出す。
 人に『守れ』と言ってあるものを託してきたこと。

「ディアナ…」
 ヴァスティール、エリアス…。かつての勇者の名を呟く。





「エリアス…?」
 突如、空を見上げて名を呼ぶ。
「天使様?誰です?それ」
「……って誰かが言ってたんだけど…――誰?」
「フロリンに聞かれても分かりませんよう」




いまさら(もう後半戦やってます)プロローグ。いや、ひまだったんスよ。
どうでもいいですが、「エリアス」って名前かわいいですね(男だろ!?)。
ラファエル様×ディアナってどうでしょうか。『千年の思い』だしさ?


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こちらはゲーム発売当時に書いていたものです。
かなり古いですが、笑ってみてやってください。
でもって名前使いまわし1度目、ですなぁ。名前くらい考えろよとか思うのですが(笑)。