第8話:宿屋での出来事―



 ――…想って悲しい、辛い思いをするより。 初めからないほうがいいに決まっている――
「だったら、きっとこんな思いしない…」

 姿を消して、宿の窓辺に座った。部屋の中には、勇者がいて。
「ロクス…」


 怖かった。また『顔を見せるな』と言われるのが、本気か、そうじゃないのか分からないけれど。それにもっと他の理由がある。もっと怖いこと。
「…………」

 ――エスナ――

 名前を呼ばれたような気がして、慌てて振り向く。バランスを崩して窓辺から落ちそうになる。
「きゃっ……お、とと…ッ」
 そんな筈があるわけがない。
「はあっ…」
 ため息をついて立ち去ろうとした時、本当に声が聞こえた。
 自分を呼ぶ声が。


「いたのか」
「あ、はい! す、…すみません」
 何故、謝る言葉が出てきたのだろう。
「………」
 ベッドに腰掛けたまま、俯いているロクス。表情は当たり前だが、…見えない。
「すまなかったな。エスナ」
「!……」
「この前僕は…酷い事を言った。…すまなかったと思っている。許してくれ」
 弾かれたように、びくっと肩をすくませた。
「ロク…ス?」
「傍に来てくれないか…」
 ゆっくりと顔を上げる。その表情は疲れきった顔…に思えた。
 そうして、目が合う。真っ直ぐに見つめられて、目が逸らせない。
「お話なら、このまま聞きます」
「来い」
「はい……」
 どうしてだか分からないが、少し手が震えている。何故か、怖いという感情が近いのだろうか、ざわついている。
 ようやく目を逸らせると、一歩ずつロクスのほうにぎくしゃくと足を進めた。床しか見えていない。


 こつんっ。
 小さい音を立てて、銀の環が絨毯の刺繍のでこぼこに斜めに転がっている。「何故あんなところに?」と思っていたら、同時にいつも額にある異物感がない。つまりあれは自分のサークレットだ。
「?」
 でも何故?
 背中の翼が痛い気がする。短い髪は好き放題に乱れてる。
「あっ…れ…!?」
 次の瞬間に視界に映ったのは、ロクスの顔…。それと何故か天井。
「え?」
 自分の今の状況が掴めない。
 蒼い瞳がきょろきょろ動く。

「あ…」
 腕は押さえられて、翼はいきなりの反動で動けない。動けない本能的な恐怖から震えていた手はもっと強くなって。
 ようやく、自分が押し倒されていることに気がついた。気が付くと今度は目を丸くして見上げる。
「…ロクス?」
 自分の声が他人の声のようだ。
「う、ごけない、…んですけど」
「だろうな……」
 エスナの顔があまりにも驚いた表情だからだろうか、少し、意地悪そうな顔。
「逃げないのか?」
 聞かれて、もう一度ロクスの表情を伺った。
 わかった、先程怖いと思った理由が。

「……!」
 ふ、と力が抜ける。
「(ロクス…は)」
「こうされて喜ぶご婦人を僕は何人も知っている。君はどうだ?」
 自棄になっている声。また、早口で試すような声音。
「…………」
 手の震えが止まった。目は真っ直ぐロクスを見上げている。
「? ……何故、抵抗しない?怖いのか、…男にこうされるの初めてか?」
 腕を押さえていた手を片方放して、頬に、首筋に手を滑らせる。
 びくっと身体が動いたが、目線だけは動かさなかった。

「…そんな目、してないで下さい」
「………ち」
 服の銀細工がぱちんという音を立てて外れて、ベッドの下に転げ落ちる。
「怖いのは…ロクスじゃありません、今までのロクスは――」
「…今までが嘘だとしたら?僕と言う人間をお前はどれだけ知っている?知らないだろう…!」

「だったら、そんな顔…してない筈です…。これは喜ぶような事なんですよね、だったら、ロクスだって楽しい顔をしてなきゃ嘘です……どうして、そんな、泣きそうな顔で」
 試そうとしていた、自棄になっていた。そんな気持ちが伝わってきたのかもしれない。だから、怖くて、ざわついたのだと。
「…っ、誰が!誰が泣くって!?」
「私は……」
「……………」
 顔を近付けても、目線を動かさないでずっと見つめている。

「(ちっ……)」
 少し、蒼い瞳の色が揺れる。…そうだ、泣き出す前のような色。
「……っ。同情か、そんな目をしてッ…」
 見ていられなかった。『同情じゃない』目の色だ。
 どこまでも真っ直ぐに見つめてくる瞳にロクスは耐えきれなくなって、逸らした。
「……ロクス」



「……ふん…もう、行け。つまらない」
 開放されるとゆっくり身体を起こして、服と、翼に手を当てて。
「…私、分かるなんて言いません。……ロクスが一人で過ごした期間を、全て共有するのは不可能ですから。でも、でもね、ロクス」
「!」
「…少しだけでも……。軽く出来たり、考えたり…、そ、その。何か、あなたの為に出来る事はあるって思ってます…」
「もういい…帰れ」
「はい…」


 ――あなたを信じてる――なんて言葉は、きれい過ぎて、今の私には使えないし……。

 何より…――

 ――使いたくない……。




先に『寒い夜』から作ってしまって、急遽書いたもの(爆)。書き直したい〜。
しかも幼い文章だわ…。はあ、自分の力のなさを感じます。
しまった〜です。ロクス前にも押し倒してるよ(押してないけど)。
でも、違うんですよ〜(何が)。と言ったら「気持ちがある押したおしって何だよ!?」と妹に突っ込まれた。

もう、どうしていいかわかんないです、このイベント。あの天使を試してるような口調が…。
この時点でEDができているので矛盾が起こらないようにするのが大変です(汗)。
とりあえずばーっと終わりにしてからつけたししようかと思います。
だいたい「あなたを信じてる」って言う科白自体私はあまり好きじゃないです…。
一言で片付けてるようで…。それになにより、そんなこと言う奴いないでしょう(笑)。


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