第5話:悲鳴―



 手の中の羽ペンが悲鳴をあげている。
 ぼーっとしながら、報告書の表紙をとんとん叩いている。手と頭が全く繋がっていないように。その意味のない行動は暫く続いた。
「………」

 ばきっ。
 その音と、手に残る痺れで、はっと我に返る。

「え?」
 気がつかなかった。強く握りすぎていた事を。
 集中力が切れたことで、他に魔力で浮いて仕事をしていたいたペンたちも、ぱた、ぱた、と音を立てて転がった。
「あ、ペン…もうだめかな」
 折れたペンをそのままに椅子から立つと、窓辺に立ち、開けた。

「…………どうして…」
 あのように怒られたのだろう。訪問したと思ったら、追い出されて。
「なんで笑ってる…か」
 頬を指先で触れる。

 勇者に必要以上の不安を感じさせたくなくて、笑顔でいようと思った。
 勇者たちは自分が住む世界が壊されているのだ、不安だろう。そこで天使である自分が不安材料になるわけにはいかないから。
 それは前の任務から一緒。
 だから、『強いね』って言われた。それが褒め言葉なのか、そうじゃないのかは分からない。
 だから今回もそれでいいと思っていた。『弱い』と思われるより『強い』と思われたほうがいい。
 いい意味でも、…きっと悪い意味でも。

「でも」
 何故分かってしまったのだろう。無理に笑ってるって。…自分でも言われるまで気がつかなかったのに。
 束ねてあるカーテンをつかむ。…その手が段々強くなる。

「迷惑だったのかな…」
 ことあるごとに手の力のことで苛ついているロクス。それを少しでも救いたくて、いろいろ言った。考えた。
「でも、まだ言いたいことは言ってない…」
 いつも前置きばかり長くて。前置きだけで終わってしまって。
 どうしてこんなに気になるのだろう。あの人の心を救いたいと思ってるのだろうか、過去の自分のような瞳。…寂しそうな目。


 だからだろうか、昔の夢を最近よく見る。もう、忘れようと思っていたこと。この前も。
「(ロクスの同行のとき…ちょっと寝て…)」
 あの時、目を覚ましたらロクスがいた。同行していたのだから、近くにいるのは当然なのだけれど。嬉しかったのだと思う。
 そして、誰かを呼び止めていた。その人に傍にいて欲しくて。
「誰を…呼び止めてたんだろう…」

 変えられない過去が怖くて、これからもずっとそうなのかと思うと気が狂いそうで。
「私は…」
 自分の寂しさをロクスに重ねているだけなのかもしれない。そうに思うと急に申し訳なくなってくる。救いたいんじゃなくって救われたいだけ?
「そ、…じゃない」
 もう、頭の中がパニックだ。何を考えてるのか分からない。
 エスナはカーテンを抱きしめるようにして、その中に顔を埋めた。
「………………」
 救いたいっていうのはキレイ事なのだろう。
「…それでも」
 私は、あの人を少しでも救いたい…。これもわがままかもしれないけど、ただの自己満足かもしれないけど、ロクスを見守っていたい。
「寂しい目じゃなくて、本当の安らかな目が見たい…声が聞きたい」

 力の苛立ち、教会へ司教たちのこと。それを全部見て、聞いて。たった一人の人を救いたい。
 一人の人を思うのは良いことではないのは知っている。
 天使が、…自分が不安定な存在だと言うことは分かっている。悪い方向に感化されてしまったら簡単に堕天してしまうことも分かっている。
「傍にいたい」
 あの人の気持ちが分かるような気がするから。




『君がいる意味』の続き物です。実は(笑)。
今度はエスナサイドってことですね。まだ、多分好きとかの感情じゃないんじゃないかなあ(言ってろ)。
しかしバカ力だ。
後書きがだんだんツッコミっぽくなってきてます、今日この頃。

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