第1話:ヴァイパーの挑戦〜魂の欠片―



 風が気持ち悪い。温度を感じなくともなんとなく生ぬるい。頬を掠めていく空気も粘ついている気がする。
 任務を始めて最初の頃か、いや、前の任務か。「風っていろいろ姿があるんですねー」と言ったら、「天気が変わるんだもの、風だって種類がある」と勇者から笑われたが――――。
 それとは違う気がするのだ。そう、空を見上げると天気はいい。

「………なんか、嫌な空気です」
「そういう時もあるな」
 案の定、ロクスにはそう返された。いや、もしかしたらそう思いたかっただけかもしれないが。
「……ん?今の…路地に入っていったヤツ」
「え?」
 エスナがそちらに目をやるともう、誰も居ない。
 だが、ロクスは思う。確かに今、嫌な空気をはらんだものが、そちらに行った。
「追うぞ!」
「あ、はい!」


「待て、ヴァイパー…」
 少し息を切らせて、静かに呼び止める。
「ちっ」
「宝玉を、魔石を返してもらおう。……力ずくでも返してもらうぞ!」
 クラレンスは魔石が入っていると思われる服の隠しを手で押さえながら、ロクスを上目遣いした。
「まあ、そんなカッカすんなって」
 ひらひらと手を振る。
「まぁ、しかし賭けで負けたものを取り返そうなんざ、…ひでえぜ。男の価値を下げる」
「騙し取ったのだろう、悪魔のカードで」
「賭けは賭けさ。悪魔だろうがなんだろうが」
「うるさい!黙って返すか俺と戦え!!」
「わかったよ。返す。俺はケンカは弱いんだ。…ホントはこんなもん俺には必要ないんだよ」
 ヤレヤレと言うように両手を上げて肩を竦ませる。嫌な笑いを浮かべるその姿は、確かに町に居る不良となんら変わらない。だが。
 服から魔石を取り出す。
「…あれが…」
 少し、嫌な顔をした。紫色がかった丸い石。脈打つような振動。なにかの息吹まで感じる気がする。
「さあ、天使様、取りに来な。…これがあれば世界は平和だぜ」

「!…僕によこせ」
 手を伸ばしたロクスの手を軽くよける。そう来るのが分かっていた動作だ。
「いいや、だめだ。天使様!ほら来な!」
「ロクス!…大丈夫です…。……わかりました」
 ただ、掴めばいいのに、怖い。その得体のしれない石に、どくん、と胸が鳴った。
 一歩一歩近付いて、ロクスの横を通り過ぎて。
 迂闊な事に、魔石に意識を集中してヴァイパーに全く意識がなかった。攻撃されてもおかしくない距離まで近付く。だが、ヴァイパーはにやりと笑ってエスナの行動を見守るだけだ。攻撃するような素振りは全くない。
 だから余計に不気味なのだが。

「…!? ひあっ!」

 石に触れた途端、雷のようなものが走る。
 身体は吹き飛ばされ、建物の壁に勢いよくぶつかる。
「……ッ あ?…」
「エスナ!!」
「ハハ。間抜けが」
「ま…待てっ……待ちなさ…ッ」
 ぶつかった身体の痛みより、石に触れた手がビリビリと痛む。手を見れば異変はないようだが、手が無くなってしまうのではないかと恐怖するほど、内側から痛い。
「エスナ!…いい!動くな…」
 無理に動こうとするエスナの肩を止めて。それでもなおヴァイパーに手を向けるエスナに歯を食いしばる。
 そうだ、無防備なまま近付いても手出しをしようとしなかったヴァイパー。こうなる事を完全に分かっていたからだ。何故、僕はそれに気付いてやれなかった!?――――

「ロクス…」
「平気か?」
 ゆっくりと頷く。
「よかった…」
「…………」
「ちっ、あいつ…」
「(でも、魔石って…?)…帝国が…」
「…帝国。伝説復活だと…ふざけるな」
「伝説……」
 思い出してしまった。あいつが、ヴァイパーが帝国と絡んでいたこと。
「ロクス、私一度天界に戻って、いろいろ聞いてきます。…聞けなくても何かわかるもの…持ってきますから」
 止めても無駄だと分かっている。だから。
「…わかった」



 聖アザリア宮――。ここに来るのはもう何度目か分からないくらい来てるのに、まだ緊張する。
「エスナ、ただいま戻りました。…ラファエル様?」
 声が返ってこない。
「………ラファエル様っ」
「ああ、やつならいないぞ」
「!?…あ、ミカエル様」
「なんだ。そんな顔をして…何かあったのか?」
「……ええ。ちょっと地上のことでお聞きしたいことがあったんです。…それで、ラファエル様を探していたのですが」
「じゃあ、俺が聞く。話してみろ」
「!…い、いいのですか」
「…なんだ、不服か?」
 少し、意地悪そうな顔をして。
「いえっ!!とんでもないです…」
 それから、『どれから話せばいいのか』頭の中で整理してから。
「今、私が守護している地上界アルカヤについてです。…魔石というものがあるのですがあれは何、ですか?…触れたら…すごい衝撃があって…あの」
 魔石。それを聞いてミカエルは少し辛そうな表情をした。
「すまないな」と、頭に手を置いて。近くの本棚から一冊の本(と呼べるものか。いかにも手作りという意匠)を取り出してエスナに持たせる。
「?」
「…それを読め。魔石のことについて書いてある。それでお前が思った事を勇者に話せ」
「えっ、あ。ミカエル様っ!?」
 そのままエスナは部屋に残された。本を持たされたまま。
「はあっ…」



 本には目を通した。ミカエルの戦いの本だった。
 矛盾だらけ。…でも何か天界にも考えがあって…だと思う。
「あれが、サタンの魂の一部」

 ――――どうして、そんなものを地上に残しておくの!?
 その問いにも本は答えた。『心正しい人間に守護させるもの。人間に全て任せるしかない』
「ごめんね…」
 誰に謝ってるのだろう。何に対して謝ってるのだろう。

 私も矛盾している。世界の平和とか言っておきながら、勇者のことを一番に心配している。…でも、それはいけないことじゃない。人を大切に思って何が悪いの。
「あの石のせいで…聖母様は、セシアは…。……ロクスは…」
 天界のせいじゃないの…?
「誰か教えて…」




後半戦スタートです(汗)。

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