種 群馬詩人会議会報 夜明け 144号
りんごの種を蒔いた
雫形の小さな茶色の種
十粒蒔けば
十粒とも違った木となり
それぞれ異なった実を付ける
すっぱい味 甘い味
丸の物 細長いの
青い実 赤い実
誰にも予測がつかない
それは母なる木から手渡された
秘密の夢
母体を越えるべき 未来への可能性
一人一人が
掛け替えのない一人であるように
この一粒も掛け替えのないもの
芽が出て
木になり
その間欠かせない
草刈り 剪定 消毒 愛情
問うても 問うても
答えの見つからない なぞなぞのように
実を付けるまで待ち焦がれ 待つ
およそ十年の日々
祭り 夜明け143 詩集「想い」掲載
今年もまた
沼田祭り、おぎょんが巡ってきた
道の両側にに並ぶ露店
みこしや山車(まんど)の後を付いて歩く
何度も寄ったおままごと道具の店には
目もくれず
おしゃれなアクセサリーを
選んでいる子供達
ざわめく賑わいの中に
思わず落とした溜息
四ヶ月の間に三回の手術を繰り返した義父
病院通いの日々の中
何度も覚悟した義父の死
今日は顔色も良かった
今のところ回復に向かっている
ピーヒャラ トントン
シャン トン カンカン
山車(まんど)の上のお囃しが
快く胸に響く
町並みや、着る物が変わってはいても
四百年も前から
変わらない祭り囃し
うねる熱気と興奮の中
人波に飲まれ
私は時の流れのさ迷い人となる
揺れる提灯の明かり
色とりどりの光りの交錯
魔法いかけられたような夢見心地
何代も受け継がれてきた祭り
私達家族もその歴史の一年一年を
これからも ずっと紡いでいく
ことば 詩集「想い」掲載
たんぽぽ見つけた
これは たんぽぽ
黄色い たんぽぽ
きれいな たんぽぽ
一つの言葉を
何度も何度も繰り返す
歌うように波のように
はっきり ゆっくり
赤ちゃんの大きな瞳が
キョロキョロ動いて
驚いたり
嬉しそうに微笑んだり
不思議そうな顔をしたり
そんな表情につられて
また同じ言葉を繰り返している
ほら たんぽぽ
可愛い花
ね たんぽぽ
しし座流星群 詩集「想い」掲載
流れる星はどこからか
音も無く 不意に生まれくるように
尾を引きながら
またたく間に 闇へと引き込まれていく
子供2人と共に
真夜中に揃って星を見ている
今まで偶然のように 出合った人達や
悲しい出来事 嬉しい出来事
全てが必然だったと思えてくる
宇宙の中の一つの星
その中の小さな島に暮らしながら
宇宙から見た地球なんて思いもせず
儚い流れ星に酔い 溜息をつく
人は死んで星に変わる
そんな話が
星の光りのように揺らぎ
溜まり水を凍らす寒さの中でも
3人の胸を燃やし暖めている
母の日に 詩集「想い」掲載
お年玉の残りの五千円で
母の日に
エプロンを買ってくれるという
デパートの売り場で
どれがいい?と娘
私は値段と柄を見比べる
これにしようか
取り出した空色のエプロン
体に当てて娘の方を見る
笑顔と共に頷きながら
似合うと思うよ
980円のエプロンと
サイフをきつく握って
レジの列に並ぶ
少し緊張した面持ち
泣き虫の甘えん坊が
もう小学2年生
なかなか進まない順番
少し離れて待ちながら
大人の中に混じったその顔が
スクリーンの中の
のように見えてくる
影 詩集「想い」掲載 群馬年刊詩集(群馬詩人クラブ)
自分の期待に 答えられない自分がいる
そうして 何度も何度もくり返しては
自分のシルェットの
大きさを知ることになる
自分の出来る努力はした
でも他のやり方で
もっともっと 努力した人もいたのだ
豊な才能と実力を持つ人が
沢山いると思い知る
その衝撃と脱力感
これまで会ったことのないような
この人達に出会えて良かった
心からそう思うけど
今は誰にも
この気持ち話したくない
知られたくない
人を知り自分を知る
それでも
期待はずれの自分を 嫌いにもならず
しばらく経てば
軽い気持ちと
いつも顔で
日常を過ごしているはず
夕日の中
足元から伸びる細い影は
長く長く
重そうに
私を支えている
思春期 未発表
少女から娘への道のりを歩み始め
言わなくても髪をとかし
服にも自分の好みを主張する様になると
なんだか顔の造作が気になってしまう
生まれる前は
五体満足である事を願い
生まれてくれば
泣く仕草さえ愛らしく思った
女優さんの澄んだ目を見て
羨ましいと
今でも感じる自分の気持ちからしても
娘も同じ様な気持ちを抱くことだろう
それでも
心の内は顔にも態度にも表れる
心を豊に磨くこと
そう話してくれた教師の言葉を
今もずっと信じている
娘にも伝えたい
健康であること
心も体も
今でもそれが
幸せの証であることに変わりはないはず
老い 詩集「想い」掲載 小野啓子 群馬詩人クラブ 2002群馬年刊詩集掲載
夕食の洗い物をしながら
何気なく目を向けた お風呂の脱衣所
磨りガラスを通して
義父の体を映す
ぎこちなく
ロボットのような動きで
錆びた油切れの音さえするような着替え
これが七十三歳?
量の多過ぎる酒のせいか
あるいはタバコが老いを加速させたのでは
三十年後
私の手足が思うように動かぬことに
やきもきしたり
情けなく思ったりするのだろうか
長いのか 短いのか
自分の事でさえ想像もつかない
おじいちゃんと呼ばれて
笑顔で答える
きっと気持ちは若い頃と変わらぬはず
誰にも同じようにやって来る老い
時々その忍び足に気付いて 立ち止る
驚きながらも
受け入れなければならない現実に
微笑み返すことが出来るだろうか