『私の真実』



「あ…そうだっ、ロクス! ちょっと止まっててくださいッ」
 元天使はスカートの裾をつまみ、とんっとんと弾むようにしながら彼と向き合うように足を進めた。
「?」
 その仕草は、恐らく足で歩く事と自らの身体の重みに慣れないからだ。だからロクスは素直に足を止め、その様子を目で追う。

「―――…おかえりなさい、ロクス」

「………。なんだ、それ」
 そうだ!なんて思いついたように言うから何かと思った。
 ロクスは『毎度ながらもよくわからないな』とでも言いたげに苦笑して、その頭をくしゃっとやる。
「ああっ、ロクス待ってください〜」
「なんだ?エスナ…まだ何かあるのか」
 聖堂の広場の、中央くらいまで来て、今度は後ろから呼びとめられる。
「私……のこと。副教皇様…知りませんよね」


 ――――しまった…!?

 …なんて、本気には思ってないけれど。確かに話してはいない。エスナは副教皇を見ていただろうが、天使だったエスナの姿なんて副教皇は――…。
「知らないだろうな」
「っ…どうしてそんなにあっさりしてるんですかっ…!」
「そんなにたいした問題じゃないだろう?」
 などと本気に思っている自分は変なのだろうか。普通なら『たいしたこと』だ。突然知らない娘を連れて帰るなどと――…。
「そ、そお…ですか…?ええー…そうなんですか…?」
「僕の言う事を信じられないのか?」
「そういうわけではないですけど」
 だが、納得しない顔。それにちらっと目を渡し、それから辺りを見まわした。今しがた丘の上からこの都を眺めながら帰ってきた。

 天使の頃のエスナがよく、この都を、世界は美しいと言っていたが、確かにそうだなと共感できた。
 それは、多分、旅をして周りを見ることができたから。
 ―――…それに守るべきもの、信じる事の出来るもの…その対象が見つけられたから。以前の自分なら『信じる』などと言う言葉は、大嫌いだったのに。

 この聖堂の広場は昔と何ら変わらないのにな、とロクスは苦笑した。



「ん…?ああ、そうだ」
「どうしました?」
 いきなり何か思い出した様子のロクス。
「いや…。僕が『都に戻る』とも言ってなかったな」
「はい? ロ、ロクス〜??」
「ま、いいか。そんなに不安ならここで待ってろ」
「えっ…あ!」
「僕が戻って、それで君を連れていったら副教皇、倒れるかもしれないからな」
 最後の方は笑いながら。
「…笑い事じゃないです…!って!やっぱりたいした事なんですね!?」

 ロクスは笑いをこらえるように背を向けて、手をひらひら振りながら聖堂へと帰っていった。
「あっ。……は…はあ……どうしましょうか…」
 暫くはポツンと立ち尽くしていたが、かと言って何をする事もない。とにかくロクスを待つしかないのだ。
 目線を広場へを移す。
 聖堂の目の前の広場は、訪れた人を優しくその手で迎えるように円になっている。中央付近に置かれた大きな噴水は修復途中であったが、溜められた水の縁で鳥が水浴びをしている。
 聖堂を目指し歩く者、柱の陰でくつろぐ者、追いかけっこのように走る者――――、さまざまだ。
 足をつけて、ここを歩くのはそういえば初めてだった。


 ――――こつんっ
「わっ…たたっ……」
 数歩進めたところで頭に何か当たる。
「あ。 そっか…」 
 エスナは何か思い出したように笑って、それを拾った。




「ええ、その通りです」
 言葉を言いきると、胸に手を当て、真っ直ぐに見つめてきた。落ち着いたその様子のロクスに副教皇は思わず目を丸くした。
 ――――いや、いままでのロクスが「引っ込み思案」で「あまり喋らない」性格だったとは言わない。ここまで自信を込めて言葉を話した事などあっただろうか、と。
「…全くお前は…突然戻ってきて、そのような事を―――…」
 口調こそ呆れたような言い方だったが、うつむいた顔は笑っていた。それには構わず続ける。
「僕は、あの時の僕と同じで…でも、多分違うのだと思います。『必ず大丈夫だ』とは言いきれませんが、その言葉を言うだけの勇気はあります。……副教皇」
「……うん?」
「僕の事を信じて下さい」
 以前は、一番使いたくなかった言葉だ。
 けれど、今は自信を持って言える。だから、副教皇は微笑んだ。
「…わかっている。……私の子よ」




「ん?…なんだ。…心配ないじゃないか」

 聖堂から出て、広場を眺める。多くの人が居る広場だが、その姿は何処に居たって見つけられる妙な自信が彼にはあった。
 案の定直ぐに見つけ、目を細める。柔らかい陽光の下の元天使。
 今はまだ遠くからだから何をしているのかわからなかったが、その姿は遠目にも「寂しそうにしている」とは感じなかった。

 傍にに近付くまで、気がつかなかったのか、声をかけると驚いた声を上げてから振り向いて笑った。
「ロクス!」
「随分と楽しそうだな。僕には話に行かせてこれか」
「ふふ、お話は終わったんですか?…大丈夫でしたか?」
「ああ、なんとなくな。…それで、何してるんだ?」
 聞かなくてもわかるけど。
 エスナは手にあるものをぽーんと向こうに投げて、それをまた受け取って。…だから、思う通りの答えが返ってきた。
「ボール遊びですよ。結構おもしろいです」
「……」
 どうなって、こういういきさつになったのかは、知らないけれど。
 ロクスはエスナが受け取る筈だったボールを横取りしてそっちに投げてやる。向こうでは子供がボールを待っていて。

「……。お帰りなさい。…ロクス」
 手を下して、それからエスナの視線を感じてそちらに目線をやった。
 小さく首を傾げるようにして、微笑む。
「なんだ、またそれか?」
「はい」

「…今度は、……ふふっ」
「気持ち悪いヤツだな…全く」
「いいんですっ!ああ、そうだ、私にも言ってくださいっ」
 手をパタパタと小さく振りながら、お願いしてくる。「なんで」と少し意地悪も言ってみようと思ったが、だが、ロクスとて天使が翼を消してここに居る事が嬉しいのは嘘ではない。
「はぁ?……ふう、お帰り、エスナ」
「はいっ」
「…はい、じゃなくて、ただいま。だろう」

「じゃあロクスも一緒に言って下さいね」
「! そう来たか…」

 ぱん、と手を一つ叩いて、それから掛け声をかけてもロクスははめられた気分がして言わなかった。
 わかっている。だからエスナはそんなロクスの手を取って聖堂の方へを引く。

「っ、おい、そんなに急がなくとも聖堂も副教皇も逃げないぞ」


 これからは傍に居られる。

 ――――これからは、言葉を言って答えてくれる人も、場所もあるんですね。




多分、アップしてない話だと思います。
PCあさっていたら出てきたお話でした。
ED〜帰るまでの話、結構書いていたんだなぁと思いました。

BACK