野望の末路 後編



 部屋から出ると、誰にも気が付かれないように城を出た。
 見回せば戦いの跡が生々しく残っていて、顔をしかめる。
「(…そういえば、今日は怪我した人、ちゃんと治療受けてるのかな…)」


「――――何か、発見があるとは思えんが?」
「うわ!…え?…ジョルジュ!?びっくりしたー。いたの?」
「悪かったな」
「いや…だって、みんなあっちかと思って」
 あっち、と城の方に目線を渡す。そちらは宴の最中だ。
「……。そんな中こそこそ何処に行くんだ?」
「……」
「まだここらは危ない。…一人歩きは推奨出来んな」
「別に、何処かに行くってんじゃない…けど」
「へえ?砦じゃないのか」
 その問いに、つい、と目線を泳がせ、それから砦の方向を見やる。
「……。大丈夫、もしかしたら…って…」
「………」
「わかってる、クラウスのせいでみんな苦しんだこと!でも…私、私が忘れてたからこんなことに…!!」
「自分を責める言葉だけなら誰でも出来る。それこそ、子供でもな」
「!ッ そうだ…そんなことしか出来ないけどッ……でも!」
「……エスナ」
 ざ、と土を踏む音。目を上げて。
「ま、ここまで来ちまったんだ、…行くんだろう?ボディガード代わりについて行ってやるよ」
「! え」
「不満か?」
「あ…うんん。…あ、…りがと」
「それより身体は大丈夫か」
「ん、大丈夫」



 近付くごとに濃くなる煙の匂い。
 思わず足を止め、それから、すぐに駆け出した。
「っ…エスナ!」

「…――――あ」
「………」
 先ほどまで使われていた建物があったとは思えない。
 瓦礫と煙と。
「…兄……さ まっ」
 駆け出す背をジョルジュはそのまま見送る。腕を組み、瓦礫を見つめ。
「(あの辺りなら崩れないか…)」
「兄様、兄様……!」
「………(ま、仕方ないな…)」


 瓦礫に手を掛け、すすり泣きしていたエスナも何か光るものを見つけると危険を顧みずそれに飛び込んだ。
「!」
「あ! あった……」
 エスナの手に取られると、まるで主人を待っていたかのように仄かに光り、手の上で浮く。
「(……宝石?)」

 その光はエスナの中に入るようにして消えると、石は手に降りてきた。
「…――ん…」
 暫く、その石――――帽子の飾りを胸に抱いていたが、立ち上がり。
「……」
「ほら、手」
 不安定な瓦礫から降りようとするエスナに手を差し伸べた。一瞬、手を取る事をためらう動作を見せたが、それでもジョルジュが手を引かないのを見て、石を持っていない方の手を伸ばした。
「…ありがと」
「探し物は見つかったようだな」
 こく、小さく頷くエスナを見、それから瓦礫の山となった砦の跡を眺める。

「………き、聞かないの?」
 暫く、互いに無言であった。
 ジョルジュはその場から立ち去ろうともせず、ずっとエスナの次の行動を待つように沈黙していたので、どうすればよいのか分らず、エスナは口を開いた。
「俺に教えても良いと思うなら、言えばいいさ」
「そうじゃ、なくて。……帰ろうとか言わないから」
「あん? …ああ、折角来たんだ、まだ陽もある。急いで帰る必要もないだろが。…お前だって来たくて来たんだろう?」
「………」
「なんだよ、目丸くして」
 苦笑し、エスナの手に収まっている石に目を落とした。

「……クラウスのか?」
「うん、ああ。…会った事なかったよね? 帽子についてた飾りなんだけど……」
 動かすと、飾りの紐が手の中をくすぐる。
「………」
 さく、と土を踏む音がして、エスナは顔を上げた。「ああ、帰るのか」と思ったがそれは間違いだったようで。ジョルジュは近くの木に移動し、その身体を預けた。
「……?」
「来いよ。今は聞いて欲しい、って顔してるぜ」



「あんなになったのは、私が…」
 習い、ジョルジュの隣りに移動し、木に寄りかかる。

 一度息をついて、帽子の飾りを抱きしめるようにしながら語り始めた。
 大事なことを復唱するように、自分に言い聞かせながら。

「子供の頃、マケドニアとドルーアの境くらいに二人で…暮らしてたんだ…と思う。そしたら、いきなり兵士みたいな人が攻めてきて…」
 今だ曖昧な記憶の糸を手繰り寄せ。



*



 小さな手で思い切り拳を握り。ぎり、と歯を食いしばった。
 外からは大きな声と何か金属が擦れる音、馬が走る音――、いろいろな音が地響きとなって届いてくる。どれを取っても決して楽しい音ではない。
『こんな所で戦…!?この竜の谷は…!』
 窓格子の隙間から踏み台を使って外を伺う。
 やがて台から降りて、家の中に視線を戻すと、すぐ近くに同じくらいの年齢の少女が泣きそうな顔をして立っていた。
『…僕にはボルガノンがある。ね、エスナ』
 そうして少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
『…でも』

『僕は…大丈夫だよ』
 ――――物心つくときから一緒だったから、勝手にきょうだいだ、と思っていた。
 けれど、何故だか、ふと浮かぶ事がある。それは夢なのだろうか。
 氷に閉ざされた美しい神殿で、この少女によく似た女性と、赤い髪の青年と、そして自分ももっと成長した姿で、悠久とも言える長い時を過ごしていた、と――――


『いいかい、ここにいるんだ』
 クラウスは家の隅にエスナを連れて行き、隙間に押し込み、布を頭から掛けた。
『どこに行くの?にいさま…いやだよ。にいさまがけがしたらエスナが助けてあげるんだから』
 やはり小さな手でその身体には大きいライブの杖を握っている。

『知ってるだろ?僕は強い。ケガなんてしないから。…エスナはここにいなきゃだめだ。…――――夢で見たのがほんとなら、…僕らにはもっと成長した姿がある。だから、大丈夫だよ』
『…ゆめ…?』
 理解出来ない物言いに首を傾げる。クラウスは笑ってもう一度頭を撫でる。
『後で話してあげる!』
 最後見た姿は分厚い魔道書を胸に、それでも笑って駆け出していった姿。
 木の扉を開けて、外へと消えていった。



*



「マケドニアの内乱か何かに見せかけた戦いで…クラウスが目当てだったのかもって…今思ってる。だから、あの黒い司祭は…」



*



『だれ、……どうして、そんなに黒い…?…にいさま…は…』
 逆光で何も見えなかった。ただただ黒いローブが見えただけで。冷たい声と、感触。
 先程、クラウスが出て行った扉はもう吹き飛び、いや、建物さえなくて。押し込められた家財道具の陰にそのまま隠れていたら、そんな「黒い人」が見下ろしてきた。

『癒し、か。こやつの力は使い物にならんな……――族にも癒しの力など居るのか』
 大きく、ざらりとした手が頭に伸ばされ。
 きん、と何か気持ちの悪い音が。

 それから、ぷつり、と切れた。



*



「―――治癒の力しか持たなかった私は、確かそこで殺された筈だったと思う。…でも、その治癒の力で助かったみたいで。……それからマケドニアをふらふらしてて、たまたまその辺りに飛竜狩に来ていたマチス兄さんたちに拾われて―――…だと思う。まだもやもやしてるんだけど…」
 記憶の波に頭がついていかないのか、はぁ、と息をついて額に手を当てた。

 何年か前、何故自分はボロボロの格好で国境に居たのか調べてみた事があった。それはマチスの父が「相当怖い思いをしたのか、記憶もなくなってるし、まるで戦から逃れてきたようだった」と言ったからだったのだが。
 しかし、あの時期にマケドニアで内乱が起きた記録などなかったのだ。だから、人攫いにでも遭って逃げてきたのか?と、とりあえずはそう結論付けていた。

「………」
「……、ガーネフが…多分だけど、魔道の力が強い人を多分、集めてた、とか…。前にリンダが言ってたし…」
「…内乱に見せかけて、大方、「お前の生活を奪ったのはアイオテやアンリの子孫だ」くらいに吹き込んだんだろうよ。…クラウスに人の世界を全てを恨むように仕向けた」
「……ん」
「まだほんの子供だからな、信じ込ませるのは簡単だ。……単純すぎる策だが、それでも騙せる…」
 腕を組み、今だ煙立つ瓦礫を見やったまま、目をくっと細めた。

「…それで?お前は何を考えているんだ」
「……」
 目線だけ、ちらりとエスナに渡した。
 話している最中は木に寄りかかっていたが、今は背を離し砦を真っ直ぐに見ている。
 その胸には。
「…その短剣で、追うつもりか」
「追うとか、そんなんじゃない。…私が、もっと早くに思い出してて!マケドニアじゃなくてドルーアに行ってれば! こんな、こんな事にならなかった…!」
「責任取ります、か? …ち、軽く言うなよエスナ」
「……。軽くなんて言ってない。兄様の…私の所為なんだし」
「…今のそれ、マルス王子にも同じ事が言えるか?…そうして、もし、そこでお前が首を掻っ切ったらどうなる?」
「……。だって、許されるわけないじゃない…!私、なんて言って…」
「……」
「兄様、あんな顔してなかった…!魔法を教えてくれた時はすごく、…優しかったのに! 今になって溢れて来る。…あんな優しかったのになんで…私忘れて…! でもクラウスは…許せる範囲超えてた…だから!」
「じゃあ、エスナの事は本当に「アンリの子孫が」殺した事にするのか?クラウスは…お前の姿を見て、喜んだんじゃないのか」
「……っ!」
「なぁ、お前がここで死んでも、今まで死んだ兵士が戻ってくるわけじゃない。当たり前で…厳しい事だがな。受け入れなければならないんだ、分かるだろ?」
「わか、ってる…。私一人が死んだって、何にも解決にならない…んだって…でも」
 両手に包まれている剣の飾り紐が風と震える手に、かさかさと音を立てる。
「……分ってるなんて口では言ってるが、納得しないか。――――じゃ」
 ジョルジュはエスナの短剣をするりと抜き、エスナを木を背後にして立たせた。

「……動くなよ」
 鞘から剣を抜き出し、切っ先を向ける。
「…っ」
 思わず肩が縮こまるエスナの頭上に、どん、とそれを突き立て。
「! あ…?」
「これで終わりだ。 ……この先、お前が「クラウスがああなったのは自分の所為だ」なんて言えないようにしてやるよ」
「ジョルジュ…?」
「仕方ない、…聞いちまったからな」
 木に突き刺さった剣を抜き、鞘に納め。
「こいつは俺が預かっておく。…お前は少し頭を冷やして少しずつ考えるんだな、あまり追い詰めるな。それでなくとも今、記憶取り戻したばかりで気分悪いんだろ」
「あ、…なんで、ジョルジュがそこまで!?か、関係ないじゃない…?」
「だから今言っただろ。…何にせよ、お前はここでやる事あるだろうが。勝手に消えられる方が迷惑だと思うぜ」
「…っ、 あ、ありがとう…!」
「はっ、…別に、特別な事はしてないさ」

 さて、と話題を変えるように息をつく。空を見れば夕方の橙色から、段々と闇の衣が覆ってきた。
「……」
 ここに来た時と明らかに表情が変わったエスナを見やり、微かに笑いながら。
「とりあえずは大丈夫か」
「…う、ん」
「ま、そろそろ戻らないとまずいしな。…とりあえずは引きずってでも連れて行くが…。何、お前が「責任取る方法」を奪った者として話は聞いてやるよ」
「……!」


 もう一度、砦を見て。
 胸に石を抱きながら祈る。
「…兄様、もう少し先になりそうです。…私は、ここに居てもいいですか…」
「………」
 夕暮れの風に薄荷色の髪がふわりと揺れて、流れる。
 ジョルジュの目の前まで流れてきたそれに、触れようとして、手を上げたが、それは空を切ってそのまま下ろされた。

 漸く振り向いたエスナに、「もういいのか?」と声をかけ、頷くのを確認すると、二人、城の方向へと歩いて行った。


「ね、ジョルジュ」
「?」
 ざり、と足元の小石が擦れ、立ち止まった気配がして振り向く。
「ありがとう、…本当に、本当に…」
 真っ直ぐと見、微笑みながら。
「……! よせよ」
 苦笑し、何もなかったかのようにまたアリティア城までの道のりを歩き出す。
「ふふ…」




 城に戻ると、まずはリンダの怒号が飛んできた。それから思い切り抱きつかれ、ばんばんと叩かれる。
 そんな様子に目を丸くしながら言葉を失ったマルスとマリク。
 エスナはまさかこんな「歓迎」が待っているとは露知らず、泣き出しそうになるが必死で押し止め。
 そんな表情を見て、微笑みながらマルスが紙を差し出した。それは、城を出て行く時に部屋に置いていった置き手紙。

「これは、破棄していいね?もう、必要ないから」
「! マルス様…も、申し訳ありません!私は―――」
 手のひらを向け、言葉を止めさせる。
「わかっている。でも私は、それを望んでいないよ。…もし、聞かせてくれるのならゆっくり教えてくれないか。……そして、どうか、今まで通りにここに居て欲しい」
「――――〜ッ は、はい…!私で、よろしければっ…!」

「それと…」
 数歩離れ、完全に傍観者となっているジョルジュに視線を渡し、微笑む。
「! ……ああ、どういたしまして」
 苦笑しながらそれを受け取り、手をひらひらとさせた。


「(そういえば…チェイニーにもお礼言わないと、教えてくれなきゃ知らないままだったし。……って、どうして…?)」
 不思議な能力を持つ青年を思い出し、空を見上げた。

 全ての記憶のパーツが揃うのも、もう少し先の話。






竜の谷MAPの開始時の所に民家が二つくらいあるのですが、
確かそこの人が「マケドニアの兵士もあまり奥まで行かない」とか言っていたような記憶が。
二人の家があったのはその辺りじゃないかなとか思ってます。


互いを意識し始めた頃、でしょうか。
そしていまだに謎が残っているのは仕様です。


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