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天の川、星への祈り、君が為
「姫さまは〜…――――でしょう?」 「え…」 その問いに、驚いたように目を見開き、それから。 「うんん、そうだなぁ…。きっと、………そうはならないと思うよ」 微かに眉を顰め、苦笑しながら。
―――――あれから、時は流れ。 「今年はお願い事どうするの?」 「うーん…。あ、謙信様はどう…」 「私から聞いたんだよ。先に答えるのは沙那姫」 「まぁ…。で、でも思うんですけど、…年末の他神のお祭りの時も…なんだかお願いしてばかりですね」 「ふふ、ほら、そうやって逃げる」 硯に筆を置き、傍らの沙那をくいと己に引く。 「ずるいなぁ、逃げてばかりで」 きゅっと腕に力を込めると、沙那の手が謙信の身体を押し返した。 「逃げていません。…もう、墨、零れてしまいますよ」 「じゃあ、少し文机から離れればいい。…―――さ、これでいいでしょう?」 机から身体をずらし、今度は腕を少し広げる。 「……も、もう!私、白湯をお届けに来ただけですから!」 執務中の謙信に一息ついてもらおうと、白湯と梅干を届けに来たのだった。沙那はそれを思い出し、少しだけ頬を染めながらそう言い、立ち上がる。 きっと先程の問いに答えたら、ここに居座る事になる。 「お願い事は、今晩までに考えておきますね」 「沙那」 「っ…」 「…おいで。私に一休みして欲しいんでしょう?だからこれ、届けに来てくれたんだよね?違う?」 「……謙信様…」 「ね?」 小首を傾げ、くすりと笑う。 「墨と紙の声しか聞いてなかったんだ。…沙那の声が聞きたい。だから、居て?私の所に」 「……わかりました」 息をつき、またその傍らに腰を下ろす。 「でも、可笑しな話ですよね?「会える」というお話なのに…お願い事〜とか」 「星合、か。…星は案外気前がいいものなのかな」 「まあ」 「ふふ、去年もその前も、願い事となれば君は私の事ばかり祈っていたけれど…」 「そういえば、謙信様は毎度毎度見せては下さらないのですよね」 「おや、見せていないわけではないよ。好きに見てもいいよ?」 「……あら、意地悪な事を」 思い出す。謙信の短冊は毎度一番上にあり、全く文字が見えないのだった。 「ただ、空に高い方があちらが見えるかな、って思っただけだよ」 「ふふ」 「――――ん……おや」 「?」 「可愛い音が近付いて来たよ」 「あ、いたぁ」 「いらっしゃい」 「…あ」 ぱたぱたと廊下を駆ける音。それが段々と大きくなって。やがて音が止むと障子が開く。小さな頭と共に、子供の声。 「あのね、謙信さま。みんなが竹を取ってきたってよって言ってるよ」 庭に用意されているのだろう、庭の方向を指差し、腕をぶんぶんと振りながら急かすように言う。 「ね、ね!早く!謙信さまも、さな姫さまも!」 「そうか、…じゃあ、今のうちに書いてしまおう。子の刻の少し前には皆終わりに出来るように…。さ、少し明るい所に出ようか」 書き物の用意を片手で持ち、もう片方を沙那へ差し伸べる。何処か楽しそうな謙信にくすりと笑い、その手を素直に取った。 ――――日中、一番明るい庭が見える縁側。 だが、大き目の庇と打ち水のおかげで縁側には涼やかな風が通っていた。その風に青々とした木々が揺らされ、木漏れ日が落ちてくる。 「わぁ、立派な竹ー…」 「兼続さまたちが取ってきてたよ」 「そうか」 幾つか立てかけられた竹。その葉がさらさらと揺れる。もう幾つかの短冊が下がり、ゆらゆらと揺れていた。 「沙那姫はもう決まったの?」 「ふふ、またですか?」 「だって気になるじゃない」 くすりと笑い、同じように竹を見上げる。 それから縁側に胡坐をかくと、自分の膝の上に子を座らせ、短冊と筆を取らせた。 「? ……あー!後ろから見るんでしょー!!」 「ふふ、女子相手にそんな回りくどい真似はしないよ」 「えー」と声を高く上げながら、真後ろのその胸に寄りかかり。 「信用ないねえ。じゃあ、私は目を閉じているから。安心して書いて」 「ほんとぉ〜…? あ、姫さまー?謙信さまがちゃんと目を閉じてるか見ててよ」 謙信の隣に座る沙那の膝、着物を掴み、ぷう、と頬を膨らませながら。 「あは、はいはい。 じゃあ、謙信様?ちゃんと目を閉じていて下さいね。女子のお願い事なんて盗み見てはいけないんですよ…?」 目を閉じた謙信の顔の前でひらひらと手を振る。 「おや…。うちの女子たちは手厳しいねえ」 「ふふ、あ。これ、何本ですかー?」 「五本」 「あ、見えてるんですね?」 「沙那姫ならそうするかなって思っただけだよ」 「もう、二人でうるさいよぉ」 「! まあ」 「ふふ、…本当に」 さらさらと葉が音を立てる。 温かさに包まれながら、ふ、と謙信は笑みを零した。 「(…楽しいねえ)」 ――――子の刻。 昼間と同じ場所で、空を仰いだ。この時間まで子が起きているわけもなく、ここには二人だけの影。 零れ落ちて来そうな満天の星空の青白い光と、縁側に置いた橙の灯りが二人の間で混ざり合う。 「また一番高くなんですか?」 竹を見上げ、遠くのそれを探すように目を細め、苦笑する。 「ああ、私の願い事はそこには無いよ」 「え?」 「ん、今年の私の短冊は二人で一緒に括ろうかと思ってね。まだここに」 懐から藤色の短冊を出し、裏返しの状態で沙那の手に載せた。 一瞬目を見開き、それからくすりと笑い、沙那も懐から短冊を出し、同じように謙信の手へ。 「では、私のも。まだ持っていたんです。吊るす機会を逃していて…」 「おや、無いと思ったらそこにあったの。……ん、まだ、温かいね、姫の温度だ」 「……っ」 両手でそっと包むように短冊に触れるその指先に、とくん、と心の臓が跳ねた。 きし、床の音を微かにさせて立ち上がり、目の前に下がる竹に隣り合わせに括る。すると、微かに吹く風が二人の願い事の文字をぴたりと重ねて、文字を隠した。 「おや、仲が良いものだねぇ、妬けてしまうな」 「ふふ、何を。…お願い事、同じなんでしょうか」 ぴたりと寄り添い、離れない短冊を眺めながら、謙信は沙那を後ろからそっと抱きしめ、頬を寄せ。竹を、皆の願いが書かれている短冊を見上げた。 「唄っているみたいだね。……葉と、短冊が」 「…あは」 微笑むその息の流れが、沙那の髪を、頬を撫でていく。 「――――ね、あの子の願い事、知っているかい?」 「え?いえ。知らない…ですよ」 温かい背。直ぐ後ろに感じる謙信の体に少し重さをかけながら、首をそちらに動かす。 「……そう?」 「! あ」 言った後、何故か、かちり、と何かが合わさったかのように、沙那の脳裏に何かが思い出された。 ――――それは、まだ、謙信の正室になる前の事だった。 「姫さまは謙信さまのところにきたんでしょう?ずっと越後にいるんでしょう?」 「! え、うんん、そうだなぁ…」 「?」 「……。きっと、………そうはならないと思うよ」 苦笑し、眉を顰める沙那に子はさらに問いを重ねる。 「え!?なんで?ここにいればいいのに」 「そうだね…。でも、んー…まだ、ね」 曖昧な返答。言葉を濁す沙那に、ぷう、と頬を膨らませて。 「むー。あ!!じゃあ、しょうがないから、わたしがお願いしてあげるよ」 「え?お願い?」 「わたし、謙信さまとお話したのって、あまりないんだけどね、おとーさまたちがね、あの謙信さまはいいなって言うの」 「「あの謙信様」? …よ、よく分からないんだけど…」 「わたしも、一緒にいてほしいもん」 にかっと笑って。 「まさか…」 抱いている身体がぴくん、と動き。謙信は「ああ」と声を漏らす。 「…知っていた?あの子のお願い」 優しく、低い声が耳元で囁かれる。 「今も、今回も…ですか…?」 「ふふ、今は流石に「書がうまくなりますように」と、自分の事のようだけれどね。それでも、何枚か書いた中には…」 言いながら、懐紙を取り出し、それの中から短冊を引き出した。 「ほら。あの子の枕元で拾ってしまった」 「! ああー。…私、駄目ですね…。あんなに…小さな子に心配され…ッ」 声がつまり、語尾が濁る。 今度は苦笑するような息の流れと共に、腕が少しばかり強くなった。 「それなら私も一緒だよ。…最初はね、ただ、私と姫と遊びたいから、だったんだと思う」 胸の前で結ばれる謙信の腕に、そっと手を乗せ、緩やかに掴む。 「それから皆が「私が変わった」と感じたのを、あの子もそれは良い方向だ、と感じ取ったんだろう。…姫を越後以外にやりたくない、って思ったんだろうね」 それから、一息ついて。 「………。―――ああ、なんだか軍師のようだねえ、あの子は。結局は国の為にもなったわけだ」 「っ …そこまでですか」 苦笑しながら言う謙信を振り向き。 「そんなに目を真ん丸くして。ふふ、本当の事だよ。分かっているとは思うけれど…、君が傍になかったら、私はきっとここにはもう居なかっただろうから」 「そう…ですか…ね?」 「ああ」 「…良かったね、私たち。こうして共に在って」 「はい…」 空を見上げ、きらきらと輝く星を眺める。 「私の願いは――――……… ん…」 首をまわし、言葉を言い切る前に優しく塞がれ。 「は…」 「…――――…でしょう?」 唇が微かに離れ、息がかかる距離で。謙信は沙那の言葉の続きと、自分の願いを小声で囁いた。 「今宵のような星に願うのなら、大きな声で言わずとも良い。このくらいの声で丁度良いの。…ふふ」 「あはっ。そうかもしれませんね」 「ああ、君もそう思う?ふ、良かった…」 ふ、と笑った息遣いが頬と、首筋をくすぐった。 「? 良かった…?」 「うん、だって君には拒まれたくないし。………ね、ならば、もっと傍に寄らないと」 すっ、と目が細められ、光りを宿す。 「! も、もっと…?」 「そう、私の声、聞きたいでしょう…?」 「え?聞こえています…よ?」 「……沙那姫は時々意地悪だよね。私を困らせて楽しい?……私は、もっと君と…」 「…っ! そ、そういう――――…!」 先程とは声の調子が違う。謙信の変化に驚いた沙那は、身を捩り、腕から抜け出そうとして、思わず濡れ縁の柱にぶつかってしまう。 そのまま、ずるりと柱伝いに座り込み。 「ん!もう、こんな…!突然」 その動作に少し乱れた裾を慌てて手で押さえながら、抗議の目を向ける。 「いいじゃない。安心して、人払いはしてあるから……」 沙那の目の前に腰を下ろした謙信は、沙那の背後の柱に手を当て、もう片方は膝に置き。押さえている手を、つ、と撫で。 「え」 「当然でしょう?私たちの願いだもの」 「か、勝手に「たち」にしないで下さい!」 「おや、駄目だよ、嘘は。君はいつもそうだ。……いいじゃない、沙那姫は私と共に在りたいと思ってくれているのだから…」 「それは、…そうですが…」 「でしょう…?なら、問題ないよね」 それは、艶やかに落とされ、少し、掠れ。何処か甘えるような声音。息混じりのそれに沙那の身体は震える。 「っ!」 「ふふ…もう、遅いよ……」 柱に預けていた身体をゆっくりと濡れ縁へと倒して、そっと撫でていく。その手つきに強張っていた沙那の身体と心はほぐれ、その代わりに熱を増す。 「………あ」 涼やかな風にさらさらと唄う葉。 謙信の肩越しにきらきらと煌く空。熱に視界が潤んだのか、星たちの白はふわりとぼやけ、輝く。 「ああ……すごく…」 「うん…?」 「…綺麗で、…多分会えたから…。……皆の…お願い事は…」 「ああ、そうだね、きっと皆の願いも叶うよ。私たちも叶ったんだ――――…」 「謙信…様……」 縋るように絡められた指に応え、その大きな手を握り返しながら、沙那は視線を謙信へと戻す。潤み、細められた目に、謙信は「おや…」と小さく言葉を零し、満足そうに笑みを湛えながら、沙那にその身を重ねるのだった。 |
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七夕ー。 由来とかなんとかとか、入れようとしたけど「そこまでしなくていいや(笑)」と、フツーに行きました。 挿絵の1を描いて思いついたものです。 お願い事…なんでしょうかね、でも結局「平和が続きますように」とか「謙信様がー」とか、 そんな感じだと思うんですよねえ。国か謙信のことしか言ってない。 挿絵1 ・ 2 感想・要望などございましたらどうぞ『WEB拍手』 back |