『心を見透かす雨』



 ざああああ――……。

「……………」
「よく降りますね」
「…ああ」
 どうでもいいとでもいうような顔でロクスは短く答えた。ちらりと移動した視線の先には未だ少し濡れている髪を布でごしごしやっている姿。
 布を肩にかけて薄暗くなった窓辺に移動する。
「ちゃんと乾かせよ」
 まるで子供にでも言うように。窓の外を眺めているエスナにはワザと視線をくれないで。

――こんなときは思い出す、……少しだけ昔のこと…。
…あまり昔のことを思い出すのは得意じゃない…とは、多分自分の言ったことだったかな…




 ――少しくせのある前髪は思いきり額に貼りついて。
 はじめは雨よけに役に立っていた法衣は、今じゃ元が何色だったかわからないくらい黒くなって…しかもずっしりと重い。
 まるでその重さが『この法衣の意味』のように。
「最悪だな…」
 それでも雨の干渉が緩い木の下にロクスは腰を下ろした。
 ワザとため息をついて、――見上げる。

 薄暗い空、それはまだ頭上に居座りそうだ。

「ちっ…」
 ――こんな時は出かけようなんて思ってなかった。
 だが、何でもいい、何かしていないと叫びだしそうだった。
「(…今でも聞こえる…声が…)」

 声なんて聞こえてくる筈もない。
 ここは町から少し離れた街道。見渡しても他に旅人らしいものもいない。そういえば、最近ここらで魔物が出たと騒ぎがあったらしい。
 その話をいつのまにか聞かなくなったのは『誰か』が解決したから。…別に気を止めているわけではなくとも似たような話は他にも聞く。

 ああそうさ。

「僕じゃなくても……ッ」
 前髪を一度かき上げて。うつむいて。
 ――叫び声が頭の中でまた聞こえる。紅蓮の炎がよぎる。…『嫌いだ』…と思っていた聖都。
「いいんだろッ…!!」

 ――この『法衣』を着るのは。その重さを背負うのは。
 『いやだ』なんて…。『怖い』なんて言えなかったんだ。……今まで誰にも。
『僕が、行くの?』
 幼い頃の自分が大人たちを見上げている。
 多分、『人が怖い』とはじめた感じたのはその時だった。そのとき見上げた大人たちの顔。


 ――――…ぱしゃ。
 途端、ふっ、と目の前が暗くなる。
「…っ?」
「ロク…?……ロクスですねっ。よかった、大丈夫…ですか…?」
「…なんだ、お前か。 …何しに来た」
 そう言いながら顔をあげ――。
「何してるんだ…その格好…」
 思わず目を見開いた。
 金色の髪からぽたぽたと零れる雫。服も濡れて重そうになって。身体に張り付いている。一目でそれは『天使の姿』で探していたのではない、とわかる格好。
「そんなのこっちの科白です!…こんな雨なのにロクス、いなくなって…。寒いですから、早く宿に行きましょう!」
「……寒い?だと」
「す…すごく、探したんですからッ…。飛んでいたんじゃ見つからないと思って、いろんな人に聞いたりしてッ」
 人に聞くためにその姿なのか、他にもやりようがあるだろうに。
「…………」
「…ね、町に戻りましょう?濡れちゃったのどうにかしないとです」
「……お前だけか」
 返ってきた返事はそれだけだった。
「はい。………」
「………」

「―――。…そっち、行ってもいいですか?」
 立ちあがる素振りも見せないので、エスナは町に誘うことはやめたようだった。
「ああ…」
 感情が読み取れないような声で、それだけ答える。


「……雨は、冷たい…ですか?…」

 少し時間を置いて、言った。
「…。それなりにな」
「………ロクス、私たちは言ってもらわないと、そういうのわからないんです。……でも、聞いてもホントの所、わかんないんです。だから、さっき寒いって言ったのも、聞いた話だから、すみません…」
「……――――さい」
「そうやって…」
「なんだよ!?さっきからッ…」
 ロクスの問いにエスナは首を横に振った。
「―――ッ…!なんだって言うんだ!!言いたいことがあるなら言えっ!」
 そうだよ。
 嫌いなのは聖都じゃない。周りにいたやつら…。目の前では言わないくせに陰ではなんだかんだと。みんなそうだ。
「――…でも、それは『誰』のことです…?」
 目の前の石畳から視線を動かさないで。

「ッ…!」
 ――…ぽた、ぽた。
 やわからかい光のような髪からまだ雫が落ちている。
「…私、知っています。…言いたいことが吐き出せなくて…甘え方を知らない人」

違う。僕が言っている『そういう』やつは…。
 まだ言葉を続ける。
「私、『目の前で言わない人』はいくつかの意味があるんだって…悲しいことだけど…知ったんです」
「バカバカしい!お前と話していると変になりそうだ!」
「…………」
「―――〜ったく、もう行くぞ!!」
「雨、降っていますよ?」
「ふん、これ以上濡れるか!」
「……はい」
 少し、微笑んで。それからすぐに…その背を見つめて目を伏せる。

ねえ、私は彼らの力になれますか?
泣いている子に何も言わずに手を差し伸べられますか?
……その痛みを聞かなくても、わかってあげられますか…?――

「――…エスナ」
「は、はい!」
「…はっ…。たまには…君も…息を抜いた方がいいんじゃないのか…?」
「…………。…ふふ、ありがとう…ロクス」



 ――そう、確か、都が陥落して間もない頃だった。
 今は、修復中の足場がまだ見えるがだいぶ元の姿…そして新しい姿になってきている。
 あの頃、全てが嫌だった。見えない未来…そんなものが押しつぶしてきているようで怖かった。
 ……意味もなく当り散らして。
「あ…」
「?…上がったのか」
 雲の切れ目から光が射しこむ。
「きれいですね〜…」
「ははっ、いつも見てる風景だろ」
「…………ええ。いつもと同じです」

 『いつもの風景』で目を細めるから、あなたは。
「……だから、幸せですね。…もう、怖くないから…」




聖都陥落のあたりです。
ストレスたまって行方不明。……と言ってしまえばそれまでですが(何)。

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