夕暮れ



 つい――…。
「…と」
 丘の上に小さい集落が点在するところ。
 その辺りは昔から湿地帯でみんな丘の上に家を建てたがった。そうじゃないと雨季には霧が出っぱなしで病気が発生する。

 だから、丘の上には昔の町が多い――…なんて天使は知らなかったけれど。
 そんな辺境の町にも今日の終わりを告げる夕暮れが舞い降りてきた。石造りの建物にオレンジ色が反射する。
 教国の辺境。古くからの歴史の重い町。思ったより静かな刻。

 ――ふわり。
 ひとつの屋根の先に降りた。にわとりをかたどった風力計が足元でからからと廻っている。
「うわあ…高いです…光がきれい…」
 丘の上の屋根の上。高いこと極まりない。
「………」
 陽が落ちるにつれ、路地からは人の声が消えていく。そのかわり家の明かりが灯り始め、暖かい声がもれてくる。
「――…ふう」
 なんとなく息をついて、エスナはにわとりのとなりに座った。
「あのですね。…今日、勇者に渡しそびれちゃったんです…」
 ヘンな感覚。
 実体がないくせにどきどきと高鳴る胸。
「多分、怖いんです…セシアが……ロクスが、クライヴが遠くに行ってしまったみたいで…」
 小さい袋から、それを取り出して眺める。渡す筈だった天界からの装備品。
「会えばきっと大丈夫なんです…。みんなはみんなのままですから。……でも」
 視線をにわとりから、装備品から、つつ――っと向こうへ、丘の下へ渡す。少し霧が出始めているのか、ぼうっと霞んでいる。


 ――聖母の力を受け継いだセシア。そして身につけた知識。でも、…悩んでいる姿。少女独りじゃ抱えきれない悩み。重さ。

 ――クライヴの血。闇の王とされたその父。もしかしたら、『そうにならなくても』済んだかもしれない。――と、感じた言葉。

 ――手の力。…『自分のもの』じゃないと、こんなものはいらなかったと…ぽつりと言ったロクス。その所為で失ったものは決して…小さくない。


「大天使様の勇者の…ディアナ様は…この世界を知らない私に彼らを任せてくれるのでしょうか……」
 それから少し首を振って。
「そうじゃない……みんなに戦いを…また勇者に…なれって……言えるんでしょうか…」

 ――からから。

 少し風が弱くなって、さっきより小さく、遠慮がちににわとりが廻る。
「私、………が大好きです…他の勇者もみんな大切です…。だから……でも、届かない人になる…のは……私は…」

――ねえ、お母さ―ん…あのねえ…――
――
あははは―……――

「!……あ」
 家から聞こえてくる声で我に返る。霧のように霞んでいた思考が、ふっと揺れる。
「……そう…ですね。こんなんじゃ…いけないですね」
 にわとりにまた笑う。
「…刻を進めることを考えなきゃ……。ロクスもクライヴもセシアも…『私の』勇者ですから……ね――…」


 ――こつ。こつ。
「…んっ。…やっと来たか」
 小さい丘の町の宿屋の二階。
 窓に当たる音。カーテンを開けてやると淡くて暖かい光。
「こんばんは。…いいですか?」
「いつもより……そうだな。…随分…遅かったな」
 『サボリか?』というように少し機嫌悪そうに眉をひそめて、それから心配するような口調。
 いつもなら呼び出したらすぐに来る筈なのに。
「ええ。少しだけ、遅刻でした。…ごめんなさい」
「…ま、いい。入れよ」

「んっ。…どうした、今日は随分……」
 ――笑って。
「ふふっ。…気のせいです、なんでもありませんよ。ロクス…」





長編の話っぽくなってしまいましたが…長編でもセシアの覚醒とかの話ができなかったので…。
エスナ、悩みすぎ?
丘の町―ってのはアッシジから。実際夕暮れ時にはいなかったんですけど、
ある旅行サイトで「アッシジの夜はすごくきれいだ」とあったんで…いいなあと。
辺境スチルがアッシジなんだもんさ。

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