『なぞなぞ』
「ロクス、切っても切ってもきれないもの、な〜んだっ?」
…毎度のことだが…ロクスは彼女の、その言葉の唐突さに呆れながら嘆息した。部屋でぼんやりしていたところにいきなり入ってきて、いきなりナゾナゾもないものだとは思いつつも…
「カードか?水か?」
「えっ?ええっ?!なんでわかるんですかロクス?!私、フロリンダから聞いたときパッとは答えられなかったのに…」
今どきそんなナゾナゾに悩む奴も珍しい。彼女の性格から、そういうものは得意そうだと思ったのに…逆に悩み過ぎるのか?とにかくこのナゾナゾで迷ったくらいでは大して得意ではないのだな、ロクスは内心思った。
「…まったく…エスナ、君はいつも唐突にそういう変な話題を振るんだから…」
「えー…どうしてわかっちゃったんですかー…」
エスナはまだしょげている。
「子供みたいなこと言ってるなよ。だいたいナゾなぞなんて、いくらだって答えも作れて答えが一つだとは限らないし、バカみたいな答えのものだっていくらでもあるだろ」
「そうですか?…え、例えば?」
「た、例えばってな…」
まさかそんなところに興味を持つとは思わなんだ。
下らない話題が発展してしまったことに疲れながらも、ロクスは以前酒場か何処かで聞いた阿呆らしいナゾナゾを記憶から引っぱり出す。
「あ〜…ある日、メアリーとジョナサンが部屋で死にそうになっていました」
「ええっ?!そんな!早く助けなくては!!彼らを死なせはしません!さあ手を…」
「なんでやねん!!というかそこは論点じゃない!…あ〜…で、窓が開いていたその部屋には水がこぼれていて、ガラスの破片が散らばっていました」
「ずいぶんずぼらな方なんですね」
「いちいち話の腰折るな!!…だから!どうしてその二人は死にそうになっていたのでしょう?!」
ナゾナゾ一つ言うのになんでこんなに疲れなきゃならないんだ。ロクスは息をつく。
「え、どうして…って?」
「だからそこがナゾナゾだろ?!」
「ああ、そっか、ナゾナゾの話でしたね!」
「何のつもりで話聞いてたんだ君は!」
ようやくナゾナゾを考え出したエスナを半眼で眺めながらロクスはツッコむ。エスナは顎の辺りに人さし指を当てて宙を眺めていた。
「う〜ん…水…ガラス…あ!わかりました!ツララで殴ったんですね?!」
「ガラスが何の関係があるんだ?」
エスナはきょとんとする。
「あ、そっか。では…ガラスで殴ったのですね!!」
「水は何処いっちゃったんだよ?!」
「そ、それもそうでした」
つ、疲れる。ロクスは肩を落とす。ちょっと抜けているところはエスナの可愛いところでもあるのだが…。
「では、こうです!まずメアリーがガラスを拭いていたところに、開いた窓からネコが入ってきました」
「…ネコ?」
「ネコ嫌いなメアリーはそこで大騒ぎ!そこでそれを聞き付けたジョナサンがネコを追い出そうとバケツで水をぶちまけました。ネコは出ていきましたが、お礼を言おうと立ち上がったメアリーは足下にこぼれていた水で足を滑らせて転倒し、それを助けようとしたジョナサンが巻き添えをくい、二人でガラスに頭部を打ちつけてしまったのです!二人は打ちどころが悪くて死にかけていて、ガラスは二人がぶつかったせいで割れてしまいました。…どうですロクス!バッチリ完璧です!!」
「………」
ロクスは理解した。エスナがナゾナゾが苦手なのは、余計なことを考え過ぎるせいだ。想像力が働き過ぎるのだ。国語力があり過ぎて、ナゾナゾのようなものが苦手なのだろう。
「…考え過ぎだエスナ…」
「ええっ?な、なぜですか?!違うのですか?!」
「…正解はメアリーとジョナサンが金魚だったから。風で水槽が倒れて割れたから、金魚である二匹は水がなくて。だから理由は『窒息しかけていたから』だ」
…ポン!と手を打つエスナ。
「なるほど!!!」
「………」
「すごいナゾナゾです!考えた人はすごいです!」
「…君、それ本気で思ってるのか…?」
ロクスなんか、これを考えた奴は相当暇な奴だったのだろうなと呆れたが。しかしエスナは目を瞬いて、なぜです?とばかりにロクスを見ている。
「すごいじゃないですか?」
「…いや、ま、いいけどな…」
ロクスはもうなんでもいいや、と伸びをした。エスナはそんなロクスを見やりながらニコニコする。
「でも不思議ですよね、ナゾナゾって」
「不思議、とは違うだろ。さっきも言ったけど、ナゾナゾなんていくらだって答えも出来るしひとつの答えだけが正解だとも限らない。最初に君が言った『切っても切っても切れないもの』あれだって、カードでも水でも空気でも風でも何でもいいわけだし」
「あ、そういう答えもあるんですね!あのナゾナゾを聞いたとき私、最初『人の縁』だと思ったんです」
「…え?」
ロクスは伸びを止めて、エスナに向き直った。エスナは照れたように言っていた。
「おかしいですよね。フロリンダも笑ってました、『天使様らしいですぅ』って言って。人と人との縁って切ろうと思って切れるようなものではないと思いますし、だからこそ『腐れ縁』なんて言葉もあるんだと思いますし…なんて考えて答えちゃったんですけど」
「………」
ロクスに笑いかけるエスナ。ロクスはエスナを眺めて…苦笑した。
(まったく、君って奴は…)
なんて唐突に、不思議なことを言うんだろう。
そんなこと言われて、君を信じられないわけがないじゃないか…。人と人の縁は切ろうと思って切れるものなんかじゃない。それは『天使』と『人』でも…同じだろうか?
…例え君が天界へ帰ってしまっても、僕と君の縁はずっと続いている…そう信じたくなってしまう…。
そう、信じて君に……
「だって私とフロリンダはそうですし♪」
…ロクス、沈黙。
「……え?」
「以前にも一緒に使命を受けていたことがあったんです。でもまたこんなふうに一緒に使命を受けて…」
「………」
「人と人の縁、あ、この場合は『天使』と『妖精』の縁ですね、って本当不思議ですよね!あの子本当にいい子なんですよ!これからもずっと一緒にいろいろできるといいなあって思うんです♪」
ニッコリ、全然悪意のない無邪気なエスナの笑顔。ロクスは拳を握り締めた。
「…てと、何か、縁の話ってのは君と、そのフロリンダの縁の話をしていた、ということか?」
「え?そうですよ?」
「…フ…」
ロクスは鼻で笑った。
「ああ!そうかい、そーかい!!」
僕はてっきり、君が僕の話をしてくれているのかと…
「え?え?ロ、ロクス何を不機嫌になってるんですか?え?ええ?!」
「いいから!いいんだ!別に何でもない!」
「何でもなくないです!ロクス、なんだか…すねてません?」
「す、すねてなんかない!!」
「ロクス、変なこと言ってしまったならごめんなさい!」
別に君が変なことを言ったのではなく。っていうか僕が一人で恥ずかしいこと考えてたんじゃないか!
ロクスは真っ赤な顔をエスナに見られまいと必死にうつむきながら、困ったように慌てるエスナを無理矢理部屋から追い出したのだった。
「ロクス〜ッ!」
「また明日だ!おやすみっ!!」
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