『瞳の色』 どくんっ…。 ――――心臓の音っていうのがこんなに耳につくものだとは思わなかった。 ――かわいそう。……こんなになってしまって…―― エスナはそう呟いた。 それは、このバカらしい伝説の復活の為に何処からか呼び出された魔物達の事だ。帝国の魔女によって魔力で、無理やり融合させられた生き物。 どう見ても無理やりくっつけたようにしか見えないバランス、苦しそうに歪む姿、滴り落ちる体液…――――。 ロクスは顔をしかめた。…こういうのは、苦手だ。 ――信じるな。……それは一番自分がわかっていると思っていたのに――。 「う…んっ!……ロク…ス」 「は……!」 純白の翼に何かがからみついている。 「エスナっ!!……お前らっ!!」 ロクスの攻撃によってそれらはバラバラに弾けたものかと思っていた。 だが、融合兵の魔物の身体は『そう見えただけで』破片は天使の身体を捕らえていた。 「ちっ!」 ロクスはもう一度、震える手で今度は手加減せずに技を放った。光はエスナ以外を飲みこんで――。 それで終わったかと思っていたのに。 戒めから解かれたエスナに近付こうとして、背筋が凍った。 心臓が痛い、と感じた。 ――――どくんっ…。 「エスナ…」 確かに姿は天使のまま、けれど、振り向いてその瞳を見せたとき、ロクスの手から杖が滑り落ちた。 「(…あんなに……)」 深くて、優しい色だったのに。 蛇のように、細く鋭い魔物の目。 …それから、すうっと、掲げられる、手。 エスナが使えない筈の、攻撃の魔法――。 ――助けてあげましょう!あんなに苦しんでいる…―― 魔の者に癒しなんて与えていい筈なんてなかったのだ。 エスナのそういう部分が『甘い』のは十分過ぎるくらい分かっていたのに。 虫の息になった魔物に近付くエスナをどうして止められなかったんだ。 多分、あのとき一瞬『一番残酷なのはこんなのを作る人間か…?』と思ってしまったから。魔物の苦しそうな姿なんて信じなければよかったのに。 「………は。 エス…ナっ…!」 気持ちが悪い、見上げた白い天井が揺らいでいるように見える。 「だめですう、ロクス様っ!!動いたらっ!!……てっ、天使様に怒られてしまいますう」 「…………天使」 「あっ、だって、…ケガしてるときはムリさせちゃだめって、よく言ってましたからあ…。でも、天使様はあれから…あのお…」 「分かってる、隠さずともいい。あのまま消えたんだろ? 魔物が天使に取り憑く…融合……なんてことが出来るのか?」 ベッドに寝かされた上体を起こして、窓の外に目をやる。 手はエスナの魔法で傷ついた身体に当てて。 思い出されるのはあの怖い瞳といつものやさしい瞳だった。 「……。わかりません…。でも、天使様もあの魔物も『この地上に生きている者』じゃないことは確かなんですう…だからあ、…そのお……」 にごる声で一生懸命、言う。 「僕に隠し事しようとするなよ。…わかるからな」 「うう…」 もし、他の勇者の同行時にこうなってしまったら、きっとそいつを許さないだろう。それは他の勇者でも同じだろうし。 「行くぞ、このままじゃ終わらせない。天界に知れたら一大事だろ?」 「はいですっ!!」 冷たくて。独りぼっちで…。 「……助けて……」 「…助けてあげなきゃいけない……」 ――その言葉は自分にさえ聞こえなかった。だるく、重い身体。大きな翼があるのだから飛べる筈なのにそれが出来なくてずるずると身を引きずるように歩いていた。 触れる木、草…。それが片っ端からしおれていく。 それさえも気がつかなかった。 瘴気のようなものが立ち昇る。元々の天使の身には辛いのか、自分から発しているその気に苦しそうに身をよじる。 「エスナっ!!」 「……………」 ぎぎ、と壊れた機械のようにゆっくりと瞳がそちらを向く、色さえも変わってしまった瞳の色。 彼女が動く度に、増す、魔物の匂いのようなもの。変わっていく景色。 「(妖精を帰したのは正解だったか)」 フロリンダにエスナを探させた後、無理やり天界に帰した。悪くなっていく空気に耐えられなさそうな雰囲気だったから。 ――それに。 「(こんな姿、友人である妖精には見せたくないだろうしな…)」 バカに冷静な自分。 あのときはあまりの天使の変化に思考がついていかなかったが、今は違う。 「…エスナ」 「っ……う、あああっ…!」 名前を呼ばれたくないと言うように、頭を抱え、顔を上げたかと思うとカッと目を見開く。命中さえしなかったがいくつかの攻撃魔法が弾けてあたりの木に直撃した。 「僕は、人を説得するなんていうのは好きじゃない。……ましてや魔物相手になんて」 魔法の使い過ぎでぼろぼろになったエスナに、その中に言う。 「……。 その身体から出ていってくれないか。あんたらも苦しいかもしれないが…そいつも……」
「…――っ…?」 天使は地上に降りる為の力がなくなると、天界へと強制送還となる。しかし、それがされない今、身体には相当な力が掛かっている、だろう。 案の定、いくつかの攻撃魔法の後、がくんと力をなくして座り込んでしまった。 「エスナッ!!」 「う……ウウ……」 ロクスを睨む目。エスナではないと分かっていても、彼女にこんな目をされるのは嫌だった。 「……………」 近付くとばちっと魔法の力が弾ける。 白い翼はくすんだような色になって、何枚か羽が散る。 「ッ……!」 散った羽が怖くて、思いきり抱きしめた。 「こうしていれば…君は逃げられないだろ…」 エスナはいつもとは考えられないような力で抵抗したが、聞こえる音に段々それをやめていった。 …どくんっ。 「…ひ………とは…」 「!?…」
「それが…『人間』だとしたら?…エスナ、君が守ろうとしている世界は、決して美しいだけの物じゃない…」 虚ろな目から零れる涙。瞳はさ迷っていた。
「……ロク…ス……」 「!?」 名前を口に出来ると、瞳はすうっと元に戻ってきた。 「平気か?」 手を緩めて、木に寄りかからせる。 「…ここは」 ふうっとあたりを見まわしてから、ロクスに目が止まる。 今、エスナから離れた手からは癒しの光が微かに残っていた。それは紛れもなく、エスナに向けられたもの。 「どして…い、癒しの手を? ロクス…?」 「…――なんでもない。……あの融合兵の戦いが終わったところだ、行くぞ。…立てるか?」 「………! 嘘です…」 ロクスの完全に癒えていない傷跡。エスナは目を細めて首を横に振った。 「私、…ごめんなさっ……私ですねっ?…ロクスにこんなケガ…させてしまって…ッ」 「違う」 「でも、あ……痛いって聞こえて…ッ!!」 「違う!! …いいっ!…いいから気にするな」 治癒の魔法を使う手を振り払う。 「できませんっ!…私、迷惑かけてばっかりで…勇者に大変なことさせてばっかりなのに…こんな…」 「じゃあ、もうあんな真似はよすんだな。魔物に近付くなんていう…こと」 エスナの動きが一瞬止まる。 それから、 「………。でも、本当に苦しがっていました…。作られて、無理やり…あんな姿にされて…苦しい思い、他の命にさせたら……だめです。それが誰であっても」 「うるさいぞ、エスナ…」 「だって。……でも、救えなかった。救うなんて偉いこと言えないけれど…。――私はっ。……それどころかロクスを傷つけて、森をこんなにしてしまって…」 混乱していて、独り言のように言葉を紡ぐ。 「…君の……そういうところが……」 ――『甘い』っていうのに。 「…でも」 はね退けられた手を、もう一度ロクスの手に乗せる。 潤んでいはいるが、泣いていない瞳。真っ直ぐと。 「確かに、美しいだけじゃないです。この世界は」 「…」 「でも、私は人がいるこの世界を…守りたいと思っています。だって………」
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モンスターの中に「融合兵」ってのがいました。なんだか無理やりくっつけたようなグロテスクな…。 あれってば、もし「セレニスが…人間が作ったものだったら?」と言うところから話が出来ました。 天使が任務で傷つかないのはおかしいです。 でも、エスナのこの行動は決してあっているものではないと思います。…きれいごとかもしれない。 ロクスだって「お前たち(魔)に癒しなんてない」って言ってましたし。でも、エスナならこうするかなと。 ロクスとエスナでそれがあっているものか答えをだしてほしい―…と友達に言われました。 うれしかったなあ。 BACK |