『最初と最後の旅』 「……今日は〜……」 「前置きはいいからとっとと宿で休ませてくれ。…僕は君みたいなバケモンとは違うんでね」 「…バっ……」 すたすたと、特に問題もなく自分を置いて行く背。元天使は石畳に足を取られないようにぱたぱた走ってその背を追いかけた。 「私そんなに変です…?」 「僕から言わせればな。……大体が元気すぎる」 ――…それが、喜びから来る元気だとわかっていても。だから、そう言うロクスも顔は笑っていた。 「(しかし、こいつ、加減ってモノを知らないな……明日あたり動けないんじゃないか…?)」 「でも、今日はちゃんと町につきました。ね、ロクス…」 そうに言って、手をぽんとたたいて。 「……今日はロクスのお話聞きたいです」 「はあ?」 「この一年のこと…」 「すう…」 「…………だと思った」 「う……ん」 ころんと、寝返りをうつとぴったりと寄り添うようになる。ロクスはそのやわらかい髪を梳きながら、あれからのことを思いだした。 ――――宿に到着して、まず、部屋は二つじゃないのかとかそんなことで言い争いをし、今度はベッドの取り合いだった。 世間的にずれている天使と言えど、狭いベッドでぴったりと寄り添って眠る、というのは恥ずかしいらしい。 「ベッドが一つじゃ何か不都合があるのか?」と言うと、顔を真っ赤にして「床でも、木の上でもいいから一人で寝る」などと言い張っていたエスナであった、…こうなってしまうとおとなしいもので。 「エスナ…」 ――離したくはなかった。 「んっ。………ロク…ス」 「なんだ。起きたのか」 眠い目のエスナが現実に戻ってくるには少し時間が掛かった。 「…今日はお話聞くって…私、言ったのに…」 「僕は話すなんて一言も言ってないぞ」 「ええ〜…」 「それより――……」 「……う、きゃんっ!……ロ、ロ……クスっ!?」 ばたばたと抵抗するエスナを自分の胸に押しつかせて、身を包む薄布を引っ張った。 「……じっとしてろ」 薄暗い、微かなランプの光の中、つい先日まで翼があったその背を露にさせる。 「ロク…ス〜……」 「……………」 何も言わないのが余計にエスナの鼓動を早くさせた。それに、身体全体で感じるロクスの体温。自分に回された腕をぎゅうっとつかむ。 「エスナ…。おい、こら。痛いって」 少し、からかうような声で言ったけれど、エスナを抱くその手は緩めなかった。仕返しのようにその肩に唇をつけ、細い肩から背に手を滑らせた。 「っ……」 ――嫌いじゃない。むしろ、その手を感じられるのは好き……だけれど。 「…う〜…くすぐった…っ」 「…だまっていろ、全く」 少し、何かを探すような手つき。 「…………。良かった」 小さく、呟く。 「…何がです…?」 手の力が揺るんだ隙に少し身を起こして、その顔を見る。 「…何かを捨てるどころか…そんなのあったらたまったモンじゃない」 独り言のように。 「ロクス…?」 「…なんでもないよ、気にするな」 「……背中…?」 エスナはさっきまでロクスの手があった自分の背に手を回した。 「あ…翼の、跡…のことですか…?」 「なかった。…僕の為に誰かに傷なんて負わせたくない。…負わなくてもいい傷なんて無駄なだけだからな」 「よかった、んですか…?翼の…跡がないと」 言葉に出すと嬉しかった。エスナはロクスの手を両手で取って、抱きしめる。 「ありがとう、ロクス」 「別に、礼を言われる事じゃない」 「私は跡が残っても残らなくても…嬉しいです」 「僕が嫌だ。半分は僕が貰ったんだぞ、君の翼は。その翼に傷でもつけられたら……おもしろくない」 「ふふ…わがままですね。ロクス。――…でも私もわがままです。…自分の為にも地上に降りたんですから」 ロクスはその言葉に笑って、空いている方の手で髪に触れて引き寄せた。 「―――こんな感じだよ、僕の一年は」 「ええっ!何も話してもらってないですっ」 「だから、話すなんて一言も言ってないだろ」 話せるか。 ――…いや、話してもいいか…? 過大評価し過ぎていた自分の力と比例するように『誰も救えない』と大きかった挫折感。何の為の『力』なのかと嫌になった。 …それでも夜、宿の窓から見える星や草原を走る光を見て何故か「一人じゃない」と思えた。 だから、エスナが戻ってきた時、記憶がはっきりした時、…怖かった。 僕の為に天界と言う故郷に戻れなくなった事。それだけでも大きいのに、もし、傷があったりしたら…なんて。 ――まあ、いい。 「…明日、歩けなくなっても置いて行くからな」 「えっ!それはこまっ………んっ…」 小さく息が漏れる。 「っ。…………――何…ッ」 「…こんなにくっついて来る君が悪い」 「!だから、私は木の上でもいいと言ったんです!…だって」 「だって?」 ごにょ、と口の中で言ってからロクスの顔を見る。勿論聞こえなかったし、何を言うのか知りたいという顔だ。 「…子供みたいですよ。一緒に寝るなんて」 「(流石天使だな)」 がくり、と肩が落ちたが。 そうだ、この元天使はずれているんだった。とロクスは思い直して、くっく、と喉で笑った。 「大丈夫だ、エスナ」 「何がです?」 「…年齢は関係ない。…ただ、好きなら共に寝てもいいんだよ。どうだ?君は僕の事が好きじゃないのか?」 「………」 微笑んで聞かれたその表情にエスナは頬を赤らめて、ロクスの夜着、肩口に額を摺り寄せた。 「一緒に居ます…」 「よし、じゃあ問題が解決したところで寝るぞ。…君には時間をかけて教えていかないといけないようだからな」 「?」 「こちらの話だよ」 ロクスはもう一度不意打ちを食らわせると笑って目を閉じた。 流石に疲れているのか、その安堵感か…、その隣にぴったりと寄り添い、目を閉じるのだった。 |
またもや「聖都に帰る途中」らしいです。 傷って残るのかなあ?調べてみたけどわかんなかった(何を調べたんだ…)。 何これ。やけにべたべたしやがって(爆)。 関係ないけど実はストックの話が結構あるのでどこまで載せたのか分からなくなる…(管理能力がない)。 BACK |